Re: 南京事件そのものの前に
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/06/22 19:52 投稿番号: [72 / 2250]
>戦争を避けるために大局的なものの見方も大事なはずですが
そうです。だから言っているのです。
>列強が日本の味方をしなくなっていくのも、やっちゃいけないことをやり始めたからですよね。
それが、妄想です。虚構の歴史観に洗脳されているから、事実が見えないのです。
私は、そうなっていく状況を書いてますけど。
>>日本は、江華島事件以後、朝鮮を開化させようとしていました。
>日本はなぜそういうちょっかい(いちゃもん)<朝鮮から見ればね>を始めたのですか。それは日本にとって、よそに出かけて、そうせざるを得ない唯一のものだったのですか?
貴方は、歴史を知らないから、そういう風に曲解するのです。
日本は明治維新の時、対馬藩に政権交代を朝鮮に伝えるよう命じました。
そこで、対馬藩が朝鮮の釜山に国書を以ていきますと、釜山の役人が、こんな文書は受け取れんといったのです。
理由は、
1、文書の文字に「皇」とか「勅」の字がある。
2、文書の書式が前と違う
3、朝鮮政府の与えた判子を使ってない
などです。
「皇」とか「勅」は政権交代のいきさつを説明する中で出てきます。
もともとは天皇が統治していたが、途中から武家に政権を委ねた、
ところが時代が経ちどうにもならなくなったので、天皇が登極され、・・・、
対馬藩の宗氏も勅命により働き、功を上げ官職が変わったので、
判子の文字は実態に合わなく、造り変えた。
と説明しているのです。
「皇」とか「勅」は政権交代のいきさつを説明しているわけですから、外せません。
判子の文字も実態を表してないから使えません。
文書の書式は徳川から朝廷に変ったのだから、徳川のままというわけに行きません。
朝鮮の理屈はムチャクチャなのです。
日本は何とか、文書を受け取ってもらおうとするのですが、頑として受け付けません。
これを渡せなければ、政権交代の通告もできません。
8年後、日本の軍艦雲揚が清国の牛荘への水路調査をやっているとき、水が不足して、
江華島に近づいたら砲撃され、事件になりました。
その解決のなかで、朝鮮には、もう少し、道理を分かってもらわねば困る、
そして、国際情勢というのも、もう少し、解ってもらわねば困るということで、開化させようとしたのです。
>貴殿もこういう、しまいには消えていくところで油を売ってないで、ちゃんとしたWebで記録・説明いただいたらいいと思うのですが、いかがですか?
ありがとう。ホームページ作るには、ちょっと年をとりすぎてるんだよね。
それに、これは、最初からここまで書くつもりはなかったんだけど、行きがかり上なったんだな。
南京の問題を討論するにも、あまりにも、的外れの理解が多すぎるので、已む無く書いてるわけ。
それにホームページを創っても、読むのは、同好の志だけだろう。
君のような人は「軍の言いなりになっていきそうだから」と最初から見ないだろう。
だから、わざと敵の土俵で書くの。
そうです。だから言っているのです。
>列強が日本の味方をしなくなっていくのも、やっちゃいけないことをやり始めたからですよね。
それが、妄想です。虚構の歴史観に洗脳されているから、事実が見えないのです。
私は、そうなっていく状況を書いてますけど。
>>日本は、江華島事件以後、朝鮮を開化させようとしていました。
>日本はなぜそういうちょっかい(いちゃもん)<朝鮮から見ればね>を始めたのですか。それは日本にとって、よそに出かけて、そうせざるを得ない唯一のものだったのですか?
貴方は、歴史を知らないから、そういう風に曲解するのです。
日本は明治維新の時、対馬藩に政権交代を朝鮮に伝えるよう命じました。
そこで、対馬藩が朝鮮の釜山に国書を以ていきますと、釜山の役人が、こんな文書は受け取れんといったのです。
理由は、
1、文書の文字に「皇」とか「勅」の字がある。
2、文書の書式が前と違う
3、朝鮮政府の与えた判子を使ってない
などです。
「皇」とか「勅」は政権交代のいきさつを説明する中で出てきます。
もともとは天皇が統治していたが、途中から武家に政権を委ねた、
ところが時代が経ちどうにもならなくなったので、天皇が登極され、・・・、
対馬藩の宗氏も勅命により働き、功を上げ官職が変わったので、
判子の文字は実態に合わなく、造り変えた。
と説明しているのです。
「皇」とか「勅」は政権交代のいきさつを説明しているわけですから、外せません。
判子の文字も実態を表してないから使えません。
文書の書式は徳川から朝廷に変ったのだから、徳川のままというわけに行きません。
朝鮮の理屈はムチャクチャなのです。
日本は何とか、文書を受け取ってもらおうとするのですが、頑として受け付けません。
これを渡せなければ、政権交代の通告もできません。
8年後、日本の軍艦雲揚が清国の牛荘への水路調査をやっているとき、水が不足して、
江華島に近づいたら砲撃され、事件になりました。
その解決のなかで、朝鮮には、もう少し、道理を分かってもらわねば困る、
そして、国際情勢というのも、もう少し、解ってもらわねば困るということで、開化させようとしたのです。
>貴殿もこういう、しまいには消えていくところで油を売ってないで、ちゃんとしたWebで記録・説明いただいたらいいと思うのですが、いかがですか?
ありがとう。ホームページ作るには、ちょっと年をとりすぎてるんだよね。
それに、これは、最初からここまで書くつもりはなかったんだけど、行きがかり上なったんだな。
南京の問題を討論するにも、あまりにも、的外れの理解が多すぎるので、已む無く書いてるわけ。
それにホームページを創っても、読むのは、同好の志だけだろう。
君のような人は「軍の言いなりになっていきそうだから」と最初から見ないだろう。
だから、わざと敵の土俵で書くの。
これは メッセージ 70 (Valve1000 さん)への返信です.