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7月27日 通州事件の前 南京デマ放送

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/12/16 18:38 投稿番号: [668 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
369〜371p

《 南京の放送局といえば、満州事変以来、すぐにもう、
「ああ   あのデマ放送か」   とうなずかれるほど有名になっていたが、

これが盧溝橋事件以後、活発な宣伝を始めていた。

もっともこれも、蒋介石がこれによって自国民の志気を鼓舞し、
世論を統一し、敗戦中国を崩壊の淵に追い込まなかった効果、

それは極めて大きく評価されて然るべきであろう。

確か七月二十七日ごろと記憶するが、
北京特務機関がキャッチした南京放送ニュースは次のようにいっていた。



「日本軍は盧溝橋の戦場において、我が優勢な二十九軍と交戦の結果、
支離滅裂の敗戦に陥り、豊台と郎坊とは完全に我が手に奪還してしまった。

北京及び天津方面に在る日本居留民は、家財をまとめ、
目下陸続、満州、朝鮮乃至 (ないし)本国に向って引き揚げを急いでいるが、

今日の情勢をもって推移すれば、日本軍が我が華北一帯から、
完全に姿を消してしまうのもここ旬日を出ないであろう。

現に我が中央軍は、津浦、京漢両鉄道によって、陸続華北の戦野に兵を進めつつあり。

また蒋委員長も、今すでに河南省鄭州に達し、
一両日中には保定に赴いて自ら戦線を督励するはずである」


そして最後に


「なお、最近北京における軍事会議の結果、蒋委員長は、
近く二十九軍を提げて、大挙冀東を攻撃し、偽都通州を屠 (ほふ) り、

逆賊殷汝耕を血祭りにして、満州失地快復の第一声を挙げる事を決議した」
と叫んでいる。



事実、通州のような田舎に引込んでいると、
日本軍でさえとかく全般の情勢にうといのが通例である。

いわんや冀東の保安隊など、戦争はいったいどちらが勝っているのか敗けているのか、
皆目わからず、半信半疑でいたところへこうしたラジオ放送である。

彼等には放送の一言一句が、非常な魅力と迫力とをもって泌み込んで行ったのも、
うなずけないことはない。



日本軍を撃破した宋哲元がこの冀東に攻め込んで来た場合、我々の運命は
いったいどうなるのか、いつまでも殷汝耕なんかに付いているのは危険千万だ。

機先を制し、進んで殷長官を生どりにし、これを北京に持って行って宋委員長に
献上したら、きっと重賞にあずかれるに違いない。

通州に在る日本軍の兵力は、今が一番少ない時だ。事を起すなら今の中に限る。
  −   こうした気持に駆り立てられた冀東の保安隊総隊長張硯田 (ちょうけんでん) 、

張慶余の両名は、それから寄り寄り反乱計画を立て始めたらしい。
かねがね冀東転覆の策士として入り込んでいた、郭鉄夫 (かくてつぶ) あたりが

この虚につけ込んで総隊長連中をたきつけたのは事実だし、
共産学生の一味がこれに合流していた事も確実である。



七月二十七日、新たに兵站司令官として通州に着任した辻村中佐は、
とりあえず事務所を通州守備隊の中に開設した。

そして二十八日、通州特務機関、冀東政府、
保安隊幹部等への挨拶回りにあわただしい一日を過し・・・。》


つづく
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