7月25〜26日 郎坊事件2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/16 18:39 投稿番号: [638 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
301〜302p
《 私のかたわらにいた愛沢通訳生が一応軍司令部に確めることになった。
天津の司令部に連絡をとると
「情況は不明だが、郎坊付近の電線修理、並びに鉄道保護の目的をもって派遣された
一ヶ中隊が、宿舎の問題で夕刻以来中国側と交渉中で、いまだに話はまとまらぬらしい」
という簡単な返事だった。そこでその旨を直ちに陳覚生に伝達した。
この通告が終って、五分もたたないころだった。 豊台の連隊副官河野少佐からと、
旅団の情報将校浅野少佐から同じ情報が別々の電話で送られて来た。
内容は 「郎坊の中国軍は日本軍に対して包囲の態勢をとり、
午後十一時三十分、 ついに軽機関銃射撃を浴せてきました。
日本軍はいまのところ、一発も応射はしておりません。
目下のところ、事態は一応おさまっている模様です」
愛沢通訳生は舌打ちしながら電括で張自忠師長を直々に呼び出し、談じ込んだ。
通訳生はこの五月、二十九軍首脳部の日本見学旅行に同行し、
張自忠とは仲よしになっていたので、その気安さから鼻息も荒く
「張さん、なんでもいいから早く部下に命令を下す事が先決ですよ。
宋委員長のいわゆる、摩擦を避けよという訓示をこの際徹底的に強調するんですね。
あなたの部隊に限って、絶対こんな事は仕出かさないと、
いままでだれだって信じ切っていたんじゃないか。
停戦協定調印の責任者という立場からも、あなたは身をもって事件の拡大を
防ぐ義務がある。大至急電話で命令を下しなさい」
補佐官室の横のソファーでは、軍事顧問が額を集め、協議を重ねていたが、
この情報を聞くとこの分なら大した事もないだろうと、
中島顧問はボーイに蚊いぶしをたかせ、ソファーの上に横になってしまった。
あとはまだ睡りもやらぬ機関員連が、戦局雑談に花を咲かせている。
交通顧問部の河端誠二秘書はこの日電鈴当番だったので、軍用電話を前にして、
宣伝ポスターの裏にしきりに習字の稽古をしていた。
私は腕時計をみた。午前二時である。
その後の状況を知るため豊台の司令部に電話をかけさせた。
二、三問答していた河端は、受話器を握ったまま私の方をふり向いた。
「浅野少佐が出られまして、郎坊では午前零時半、中国軍がまたまた射撃を開始し、
日本軍も応戦していま猛烈な射ち合い中だそうです。
中国軍は迫撃砲まで持ち出しており、日本軍の損害は重傷二、軽傷四、合計六名です」
私は奪うように受話器を取り上げた。
「旅団として、もしくは軍として、この事件の対策は何も講じないんですか」
「それをいうのを忘れていました。天津から連隊長の指揮する歩兵二ヶ大隊が、
直ちに救援に出かけるそうです。連隊長は鯉登行一大佐です。
朝鮮から来た部隊ですね」
「連隊長の指揮する二ヶ大隊ですか。こりゃあ一いくさまぬかれませんね」
眠っていた機関員は、あちこちからムクムク起き出して来た。》
児島襄著 『日中戦争4』 文春文庫
35
《 五ノ井中隊は駅で夜を明かすことにしたが、
修理班だけでなく戦闘部隊の進出で刺戟 (しげき) されたらしく、
中国兵は、午後十一時三十分、突然、小銃、機銃を乱射してきた。
五ノ井中隊は応戦せずにいたが、七月二十六日午前零時すぎ、
中国側の迫撃砲も砲撃をはじめた。
たちまち、重傷二人、軽傷四人の損害をうけ、五ノ井中尉も反撃を下令し、
天津に急報した。》
つづく
301〜302p
《 私のかたわらにいた愛沢通訳生が一応軍司令部に確めることになった。
天津の司令部に連絡をとると
「情況は不明だが、郎坊付近の電線修理、並びに鉄道保護の目的をもって派遣された
一ヶ中隊が、宿舎の問題で夕刻以来中国側と交渉中で、いまだに話はまとまらぬらしい」
という簡単な返事だった。そこでその旨を直ちに陳覚生に伝達した。
この通告が終って、五分もたたないころだった。 豊台の連隊副官河野少佐からと、
旅団の情報将校浅野少佐から同じ情報が別々の電話で送られて来た。
内容は 「郎坊の中国軍は日本軍に対して包囲の態勢をとり、
午後十一時三十分、 ついに軽機関銃射撃を浴せてきました。
日本軍はいまのところ、一発も応射はしておりません。
目下のところ、事態は一応おさまっている模様です」
愛沢通訳生は舌打ちしながら電括で張自忠師長を直々に呼び出し、談じ込んだ。
通訳生はこの五月、二十九軍首脳部の日本見学旅行に同行し、
張自忠とは仲よしになっていたので、その気安さから鼻息も荒く
「張さん、なんでもいいから早く部下に命令を下す事が先決ですよ。
宋委員長のいわゆる、摩擦を避けよという訓示をこの際徹底的に強調するんですね。
あなたの部隊に限って、絶対こんな事は仕出かさないと、
いままでだれだって信じ切っていたんじゃないか。
停戦協定調印の責任者という立場からも、あなたは身をもって事件の拡大を
防ぐ義務がある。大至急電話で命令を下しなさい」
補佐官室の横のソファーでは、軍事顧問が額を集め、協議を重ねていたが、
この情報を聞くとこの分なら大した事もないだろうと、
中島顧問はボーイに蚊いぶしをたかせ、ソファーの上に横になってしまった。
あとはまだ睡りもやらぬ機関員連が、戦局雑談に花を咲かせている。
交通顧問部の河端誠二秘書はこの日電鈴当番だったので、軍用電話を前にして、
宣伝ポスターの裏にしきりに習字の稽古をしていた。
私は腕時計をみた。午前二時である。
その後の状況を知るため豊台の司令部に電話をかけさせた。
二、三問答していた河端は、受話器を握ったまま私の方をふり向いた。
「浅野少佐が出られまして、郎坊では午前零時半、中国軍がまたまた射撃を開始し、
日本軍も応戦していま猛烈な射ち合い中だそうです。
中国軍は迫撃砲まで持ち出しており、日本軍の損害は重傷二、軽傷四、合計六名です」
私は奪うように受話器を取り上げた。
「旅団として、もしくは軍として、この事件の対策は何も講じないんですか」
「それをいうのを忘れていました。天津から連隊長の指揮する歩兵二ヶ大隊が、
直ちに救援に出かけるそうです。連隊長は鯉登行一大佐です。
朝鮮から来た部隊ですね」
「連隊長の指揮する二ヶ大隊ですか。こりゃあ一いくさまぬかれませんね」
眠っていた機関員は、あちこちからムクムク起き出して来た。》
児島襄著 『日中戦争4』 文春文庫
35
《 五ノ井中隊は駅で夜を明かすことにしたが、
修理班だけでなく戦闘部隊の進出で刺戟 (しげき) されたらしく、
中国兵は、午後十一時三十分、突然、小銃、機銃を乱射してきた。
五ノ井中隊は応戦せずにいたが、七月二十六日午前零時すぎ、
中国側の迫撃砲も砲撃をはじめた。
たちまち、重傷二人、軽傷四人の損害をうけ、五ノ井中尉も反撃を下令し、
天津に急報した。》
つづく
これは メッセージ 637 (kireigotowadame さん)への返信です.