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7月22〜23日 趙登禹部隊勝手に入城

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/07 14:47 投稿番号: [629 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
294〜296p

《 二十二日午前十時半、私が北京にあった軍旗を前線の牟田口連隊に護送する
任務を終って広安門から帰って来るとすぐ、機関長から呼ばれた。

「補佐官、趙登禹部隊入城の件について、命令の徹底化という点で、
もう一度二十九軍側に念を押しておく必要がある。

今日桜井顧問と一緒に斉燮元のところに行って、警告を発しておいてくれ給え」
そこで桜井顧問と共に、進徳社で斉燮元と会見、これを申し入れ、了承を得た。

そのさい、機関としては、百三十二師が交替入城する場合、
その兵力は差し当り一ヶ団以下である事を希望した。



ところが翌二十三日の朝方、斉燮元の代理の者が機関側を訪れ、
趙登禹の歩兵二ヶ団が昨夜北京に入城した事を通知して来た。

機関側はあぜんとして、二の句がつげなかった。一昨日は趙登禹自身に、
また昨日は斉燮元に、あれほど堅く約束したばかりではないか。

その舌の根も乾かぬ中にもう裏切り行動をとっている。
しかもこの裏切り行為たるや、代理の者が帰った後、一層皮肉な現実を表わして来た。


それは、機関の密偵二名の情況報告によると
「昨夕六時前後、趙登禹部隊の二ヶ団が永定門から入城しました。

うち一ヶ団は天壇に、他の一ヶ団は緑米倉 (ルーミーツァン) に集結し、
昨夜はそこで宿営しました」   というのだ。

密偵たちは   「これは決して人から聞いた情報じゃありません。
私達この眼でハッキリ見て来たんです。

私達は部隊と一緒に行動し、天壇に入った部隊は独立歩兵第二十七旅の六百七十九団、
緑米倉に入った部隊は同じく六百八十一団という事まで確かめてきております」


北京城内の三十七師はまだ一ヶ団しか撤退していないというのに、
新たにまた二ヶ団も入って来たら、結局城内兵力は増強ではないか。

秦馮ブロックには明らかに戦意がある。
彼等は増兵の策謀を隠蔽せんがため、日本側との折衝責任者として、

特にロボット的存在の斉燮元を選んだのではなかろうか。
機関としては、一刻も速やかにこの撤兵交渉を強行する必要に迫られてきた。



この日午後四時、私は東城煤渣胡同 (メイチャーホートン) の北寧鉄路局招待所に、
斉の代理者の謝呂西委員を訪ね、事実をただした。

驚いた謝はすぐさま趙師長に電話した。趙師長は二ヶ団入城させた事を率直に認めた。
謝は憤慨したがそれを押えて、趙師長にすぐ北寧鉄路局招待所までやって来るよう促した。

斉燮元に連絡すると二ヶ団も入ったという話は寝耳に水だと云う。

二十分ほどたったころ、趙登禹が悠然として入って来た。
別に駭 (おどろ) いてもおそれてもいる様子がない。》


つづく
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