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7月22日 三十七師の一部撤退

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/05 18:39 投稿番号: [627 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
289〜290p

《 三十七師を撤退させるため必要な条件の一つとして、
京漢鉄路の開通という問題があった。

何といってもこの鉄道は、盧溝橋の戦線の真ッ唯中を突ッ走っているので、
事件以来バッタリその運行が止まってしまい、また電線もあちこちで

切断されていたので、まずこれを修理する事が先決問題だった。
「日本側のご協力がいただけたら、早急に京漢鉄路の復旧を計り、

これによって三十七師をドンドン保定方面に輸送致しましょう」
そういう秦徳純かちの申し出でに対し、機関長は直ちにこれに同意を与えた。



七月二十二日朝六時半、北京を出た修理列車は盧溝橋の駅に着くまでに
丸々三時間もかかるノロノロ運転だったが、

駅のホームには牟田口連隊の小岩井中尉が待っていた。
これと連絡して付近一帯の電線修理にとりかかり、

午後四時半ごろまでに一通りの補修作業を完成した。
北京及び長辛店の駅に連絡したところ、通話状態はまず満点である。

この修理に同行した笠井顧問が一休みしているところへ、
北京西站から電話がかかって来た。先方はまがいもなく周参謀の声だ。

「鉄道も電線も全部修理が出来ましたね。ご苦労様でした。
そこで笠井顧問、今から兵の輸送を始めますが差し支えないでしょうね。

部隊は歩兵二百十八団の一ヶ営と、迫撃砲連を第一回に下らせます。
私もそれに乗って一緒に行きます」



修理列車に同行の関係者が待っているうち、静かな平原のかなたから、
汽笛の音が長く尾を引いて聞えてくる。

来た、来た、撤退兵を満載した三十輌の無蓋車が、
高い路盤の上を蜿蜒 (えんえん) として走って来る。

驀進 (ばくしん) して来る機関車の把手 (とって) につかまって、
白旗を振っているのは、まがいもなく周思靖参謀である。

笠井顧問も広瀬秘書も、そして周永業も、みんな帽子を振ってこれに合図した。
ギッシリ詰め込まれた中国兵は、不安そうな顔付きをしてしきりにこちらを見守っている。



無蓋車の上には土嚢が積み重ねられ、機関銃を据え、
また小銃を擬していつでも応戦出来る態勢が整えられていた。

中には青竜刀まで抜いている兵もあった。
「まるで武装した葬式みたいですなあ」 と広瀬秘書がつぶやいた。

「しかし日本軍の精鋭が頑張っている真ッ唯中を突っ走るのだ。
三十七師ならずとも、余りいい気持のするもんじゃあるまいぜ…」

列車は盧溝橋の駅には停まることなく、そのまま緑なす平原を、
永定河の鉄橋さして走り去って行った。

去り行く彼等の心情に想到すると、胸中一抹、
憐憫 (れんびん) の情が湧いてこないでもない。

周参謀の振る白旗は次第次第に小さくなって、
とうとうそれも見えなくなってしまった。



そのころ北京の西站では、続いて第二第三の輸送を続行すべく、
兵はすでに集結を終っていた。

しかしこれは車輌の準備が整わないという理由から、
とうとう翌二十三日の早朝に延期されてしまった。

笠井顧問の一行は、間もなく北京に引あげて来た。列車が西站に着くと、
そこには三十七師の撤退兵がワンサと詰めかけていて、時ならぬ雑踏を呈していた。

手鍋をさげた兵、唐傘を背負った兵、毛布を抱えた兵等、
ちょっと日本の軍隊では想像もつかない異風景である。》


つづく
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