7月22日 共産分子の策動4
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/04 18:33 投稿番号: [625 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
286〜287p
《 密偵は憲兵の指図に従って高梁畑の中に身をひそめた。
今日は満月らしく、やがて東の空がボーッと赤味を帯び始めてきた。
と、住民がいった通り、八時ごろになると、十名余りの便衣が一列の縦隊で
部落の陰から姿を現わし、黙々、落花生畑の方に進んで行く。
やがて彼等は畑の真中で一塊りになって、何やら支度にとりかかった。
そして用意が整うと、指揮者らしい男の合図に従って、間もなく爆竹が点火された。
パンパンパンパン……けたたましい響と共に発する閃光! 鼻をつく煙硝のにおい!
おびただしい白煙が濛々 (もうもう) として地を這った。
この時、密偵は高梁畑の中から一斉に姿を現わし、たちまちその数名を逮捕した。
彼等は密偵を二十九軍側の便衣とでも感違いしたらしく、リーダー格の一人が
極めて率直に 「我々は学生です。救国のためにこうして日本軍の側面を
脅威してるところです。許して下さい」 と弁解した。
彼等は北京の西北、万寿山街道にある清華大学の学生を中心とし、
共産系の指導の下に、日華両軍交戦地帯の真っ唯中に潜入し、
土炮や爆竹で両軍を刺激する事によって、
事変の拡大を企てていた事がハッキリした。
彼等の背後関係には、共産党の全国総工会書記、
中共北方局主任、劉少奇などが采配を振っている事も判明した。
「七月十三日、大紅門事件の起った日の真夜中すぎ、永定門外で
ドンドンパリパリやったのも、やっぱりお前達の仕業だろう?」
との問いに対し、彼等自身ではなかったが、同類がやった事も白状した。
赤藤分隊長は電話で私に 「日本軍も二十九軍も、
どうやらこうした共産系に踊らされている感が多分にありますね。
これを放ったらかしておいたら、いくら不拡大だの停戦交渉だのいったって、
片っ端からみんな突き崩されてしまいます。
この際何とか一つ、抜本的対策の手を考え出さんといけませんな」 と語った。
事実、事変対策としては、責任者の謝罪や処罰、そういった形式的の問題よりも、
今や潜行的に抗日工作を展開している、赤色策動の摘発弾圧、これこそより以上
優先しなければならぬ、極めて重要な措置ではないかと痛感させられるのだった。
中間策動の実証を握った特務機関は、二十三日朝、
直ちに中島顧問を秦徳純のところに遣って警告を発した。
「承知しました。私の方でもこの点は、前々から気をつけてはおりましたが、
事変の主役は、北京天津間に駐在する藍衣社第四総隊じゃないかとも思うのです。
総隊は軍事部長が李杏村、社会部長が斉如山、それから教育部長馬衡、
新聞部長成舎吾、そういった面々でして、
これにさらに西安事変当時西安におった第六総隊の一部を参加させ、
日本軍が最も頻繁に演習する盧溝橋を中心に、
巧みに日本軍と二十九軍とを衝突させようと画策していたらしいですね。
七七事件はつまり、三十七師が全く彼等の術中に陥った結果、
惹き起されたとみるのが至当でしょう」》
つづく
286〜287p
《 密偵は憲兵の指図に従って高梁畑の中に身をひそめた。
今日は満月らしく、やがて東の空がボーッと赤味を帯び始めてきた。
と、住民がいった通り、八時ごろになると、十名余りの便衣が一列の縦隊で
部落の陰から姿を現わし、黙々、落花生畑の方に進んで行く。
やがて彼等は畑の真中で一塊りになって、何やら支度にとりかかった。
そして用意が整うと、指揮者らしい男の合図に従って、間もなく爆竹が点火された。
パンパンパンパン……けたたましい響と共に発する閃光! 鼻をつく煙硝のにおい!
おびただしい白煙が濛々 (もうもう) として地を這った。
この時、密偵は高梁畑の中から一斉に姿を現わし、たちまちその数名を逮捕した。
彼等は密偵を二十九軍側の便衣とでも感違いしたらしく、リーダー格の一人が
極めて率直に 「我々は学生です。救国のためにこうして日本軍の側面を
脅威してるところです。許して下さい」 と弁解した。
彼等は北京の西北、万寿山街道にある清華大学の学生を中心とし、
共産系の指導の下に、日華両軍交戦地帯の真っ唯中に潜入し、
土炮や爆竹で両軍を刺激する事によって、
事変の拡大を企てていた事がハッキリした。
彼等の背後関係には、共産党の全国総工会書記、
中共北方局主任、劉少奇などが采配を振っている事も判明した。
「七月十三日、大紅門事件の起った日の真夜中すぎ、永定門外で
ドンドンパリパリやったのも、やっぱりお前達の仕業だろう?」
との問いに対し、彼等自身ではなかったが、同類がやった事も白状した。
赤藤分隊長は電話で私に 「日本軍も二十九軍も、
どうやらこうした共産系に踊らされている感が多分にありますね。
これを放ったらかしておいたら、いくら不拡大だの停戦交渉だのいったって、
片っ端からみんな突き崩されてしまいます。
この際何とか一つ、抜本的対策の手を考え出さんといけませんな」 と語った。
事実、事変対策としては、責任者の謝罪や処罰、そういった形式的の問題よりも、
今や潜行的に抗日工作を展開している、赤色策動の摘発弾圧、これこそより以上
優先しなければならぬ、極めて重要な措置ではないかと痛感させられるのだった。
中間策動の実証を握った特務機関は、二十三日朝、
直ちに中島顧問を秦徳純のところに遣って警告を発した。
「承知しました。私の方でもこの点は、前々から気をつけてはおりましたが、
事変の主役は、北京天津間に駐在する藍衣社第四総隊じゃないかとも思うのです。
総隊は軍事部長が李杏村、社会部長が斉如山、それから教育部長馬衡、
新聞部長成舎吾、そういった面々でして、
これにさらに西安事変当時西安におった第六総隊の一部を参加させ、
日本軍が最も頻繁に演習する盧溝橋を中心に、
巧みに日本軍と二十九軍とを衝突させようと画策していたらしいですね。
七七事件はつまり、三十七師が全く彼等の術中に陥った結果、
惹き起されたとみるのが至当でしょう」》
つづく
これは メッセージ 624 (kireigotowadame さん)への返信です.