7月19日 停戦協定細目調印
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/10/25 18:31 投稿番号: [615 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
267〜268p
《 一方、天津では、宋哲元が出発してしまった後、
張自忠、張允栄とが額を集めて、停戦協定第三項の細目を研究した。
そして十九日午後十一時、橋本参謀長との間に、
次のような取り決めが成立し、これに円満調印をおわった。
停戦協定第三項細目
七月十一日調印した協定の第三項を実現するため、次の通り実行する事を約束する。
一、共産党の策動を徹底的に弾圧する。
二、双方の合作に不適当な職員は、冀察 (きさつ) において自主的に罷免する。
三、冀察の範囲内に、他の方面から設置した各機関の排日色彩を有する職員を取り締る。
四、藍衣社、CC団のような排日団体は、冀察においてこれを撤去する。
五、排日的言論、及び排日的宣伝機関、並びに学生、民衆等の排日運動を取り締る。
六、所属各部隊、各学校の排日運動を取締る。
中華民国二十六年七月十九日
第二十九軍代表
張
自
忠
印
第二十九軍代表
張
允
栄
印
こういう調子で、宋哲元の北京入りは、
日華両国の間に介在する一切のわだかまりをときほぐし、
事変勃発以来二週間目にして、ここに漸 (ようや) く
和平解決の曙光が兆 (きざ) し始めたのである。
戒厳司令部に連絡に行った軍事顧問部秘書の話によると、
百十一旅長劉自珍少将は、これでやっと重荷を下したといわんばかりの表情で
「明日以後、市内の警備は公安局、保安隊、及び憲兵に一任し、
二十九軍は時折り隊伍を整えて市中を巡羅する程度に穏和される。
そしてまた、諸般の残務整理が終わったら、この戒厳司令部も近々のうちに
撤廃されるはずだ」
と極めて朗らかにハシャギ回っていたそうである。》
つづく
これは メッセージ 614 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/615.html