入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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関東軍の説得2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/10/12 18:37 投稿番号: [599 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
251〜252p

《 私と愛沢通訳生とは七月十五日の早暁、商人風の装いに身を固め、
あらかじめ準備してあった書類を自動車の座席下に突っ込み、

その上に麻袋や修理工具を雑然とならべて乗込んだ。
運転手は、この前盧溝橋に連れて行った大胆な男、高である。

もちろんナンバーは平素の「北機第二号」というのを外して
「北京〇一九八」というのと付け換えていた。

「城門監視の兵がうるさい事いったら、これを掴ませろ!」
私は高に若干の金を持たせておいた。



車は朝陽門を出ると坦々たる通州街道をかなりのスピードで素ッ飛ばし、
楊柳の並木道を通り過ぎると、やがて通州城内に入って行った。

グネグネした道を幾曲りかすると、そこに大きく、「通州特務機関」と書かれた
白亜の建物が見え始めて来た。車は間もなくその玄関に横付けにされた。



玄関に出迎えたのはここの補佐官甲斐厚少佐だった。
部屋に入ると機関長の細木中佐がいつもの通りニヤリと笑って

「君達は実に巧い事やっとるのう。戦争が始まって以来、毎日毎日働きがいのある
仕事ばかりで、大いに気合も入るじゃろうが、通州は駄目だ。

ここを通って盧溝橋に行く部隊の兵站業務ばかりで全くつまらん!
退屈しとるよ」 吐き出すようにそういった。

私は甲斐補佐官に、任務の概要を説明した。そしてこれから麦倉連隊の屯する、
懐柔までの道案内に、冀東保安隊の兵を一名、つけて貰いたい事を交渉した。



私は機関長や補佐官、それに顧問の宮脇賢之助氏等に見送られて機関を出た。

助手台に一人、それからステップのところにまた一人、保安隊の兵がつかまって、
これから先の道案内をしてくれる事になった。

浅黄色の制服を着たこの保安隊員は、懐柔付近の生れだとかで、
言葉も非常に奇麗な北京官話を操っていた。

私達はまず道を順義にとった。
そしてそこから左折、張喜庄を経て、高麗営、板橋村、懐柔へと進んだ。

道の両側は行けども行けども、丈を没する高梁畑の連続、
すこぶる単調なので自然に睡気を催してくる。

しかし道路がひどく悪く、車がガグン!   大きくバウンドするごとに、
二人は睡気を覚まされて、にじみ出て来る汗を拭った。



牛瀾山の上では関東軍の偵察機が、しきりに旋回飛行をしていた。
なだらかな丘を越え、水流を渡ると、やがて懐柔の灰色の城壁が見え始めた。

関東軍のカーキ色の兵の姿が点々として目に映る。
私は車を城内に乗り入れた。

そして独立第十一連隊長、麦倉俊三郎大佐と会見した。
連隊長はお粗末な民家の一室に陣取っていた。

土間にはご親授後、まだ日も浅い、真新しい軍旗が安置されてあった。》


つづく
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