入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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盧溝橋事件68 停戦協定条文の交渉2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/09/21 18:26 投稿番号: [575 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
220〜221p

《 十一日の明け方近く、中国側が一歩を譲って
「永定河東岸からは、実質的に完全に兵を撤退させます。

ついては条文にある、東岸には軍を駐屯せしめず、というこの言葉、これだけはどうか、
うたわないようにしていただけないものでしょうか」 と申し出て来た。


「自分達が売国奴といわれたくない面子からだな」
「条文があってさえ、なおかつこれを空文視するのが彼等の常套手段だ。

条文抜きの口頭契約だけじゃ、それこそ何を仕出かすかわかりやしない。
この申し出では問題にならんね。断然、ハネつけて然るべきだね」

「国と国との交渉だぜ。それがこんな安易な考えでまとまると思っている二十九軍は、
いったいバカなのか、それともこちらをペテンに引っかけようという魂胆あっての

事なのか。いずれにしても日本側を甘くみるにもほどがあるよ」



先方がなかなかこちらに同調してこないため、この交渉は十日の正午から始めて、
十一日の正午まで、丸々二十四時間にもわたって長びいてしまった。

十一日午後零時三十分、今井武官はとうとう痺れを切らし、自身、神輿をあげ、
張允栄邸まで押しかけて行った。そして先方の首脳者とも会見の上、

第一条、「責任者の処分」 は嫌応なしにこれを受諾させてしまい、さらに

第二条、「盧溝橋付近、永定河東岸には軍を留めず」 とあるのを

「盧溝橋城郭、及び竜王廟には軍を留めず」 というふうに改変し、

まあまあこのくらいのところなら   −   という事で、曲りなりにも双方の意見が結着を見た。


天津軍司令官田代皖 (かん) 一郎中将は、そのころ病気重篤だった。
したがって軍参謀長橋本少将は、軍司令部を二日も三日も明けっ放しに

しておく事は出来なかった。そこで停戦処理一切の業務を松井機関長以下に委ね、
塚田中佐、茂川少佐を帯同し、この日午後二時、南苑飛行場を出発し、

一路天津に向って帰還する事になった。



協定案に目鼻をつけた今井武官は、すぐさま車を南苑にとばせ、
まさに出発しようとしている橋本参謀長にこの情況を報告した。参謀長は喜色満面

「そうでしたか。それは結構でした。
これで私も、天津に帰る大変よいお土産が出来たわけです。

今後の措置がまた極めて重大ですから、あくまで慎重にやって下さい。
どうも大変ご苦労でした」

と安堵の色を浮べ、タラップを昇ってやがて機の中に吸い込まれて行った。

こうしてスーパー機は南苑の緑野を後に、爆音も勇ましく、
晴れ渡った真夏の大空にグングン上昇して行った。》


つづく
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