上海だけに特別な日本軍がいた訳ではない
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/02/19 18:38 投稿番号: [351 / 2250]
松村俊夫著 『「南京虐殺」 への大疑問』 204〜205p
《三月二十八日、ティンパレーからベイツへの最後の手紙に、次のような一節がある。
〈なぜ私が上海、松江、嘉興を放っておくのかとのお尋ねですが、
七章を読んでいただければ分かるかと思います。
この点を調べていくと、上海付近の民衆に対する日本軍の暴行については、
確実な証拠がほとんど見つかりません。〉(①374頁)
北支から中支、杭州から南京に至るあらゆるところでの日本軍暴行の証言を
集めたにもかかわらず、自分がいる上海、
しかも難民区第一号が設定された上海地区では、
日本軍暴行の証拠をまったく見つけ出せなかったのである。
・・・
本当ならばティンパレーは、ここでおかしいと考えつかねばならなかった。
なぜ自分のいる上海には見出せず、
自分が見ていない他のすべての地区で日本軍の暴行が起きているのか、
そのカラクリに気づくべきだったのである。
華北その他について、アメリカ人の牧師や神父に話を伝えたのは支那側の人物だった
と思うが、彼らはその話をストレートに信じてティンパレーに伝え、
ティンパレーもそれをそのまま検証もせず本にしたことがよくわかる。
上海地区だけに特別な日本軍がいた訳ではない。南京に特別な西洋人がいたのである。》
*
>上海地区だけに特別な日本軍がいた訳ではない<
も何も、上海を攻略した日本軍がそのまま南京に行ったのです。
同じ人間で構成された軍隊です。
死傷者の分は、別の人で補充されていますけど。
同じ人間が上海では、問題を起こさず、
上海以外のところで、残虐の限りを尽くす?
そんな事があり得るでしょうか?
ティンパレーにも良心のかけらは有ったのでしょう。
「上海、松江、嘉興には暴行の証拠が見つからない」と言ったのだから。
これは メッセージ 350 (kireigotowadame さん)への返信です.
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