入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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ラーベの日記 2月13〜22日

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/02/15 18:47 投稿番号: [347 / 2250]
これより先はあまりめぼしい内容はないので部分的に抜粋する。

二月十三日
・・・
『ノース・チャイナ・デイリー・ニューズ』 から (ラーベの切り抜き)
                         一九三八年一月三十日

  日本大使は懐疑的

ロンドン、一九三八年一月二十九日。吉田茂駐英日本大使は、本日
『デイリー・スケッチ』 のインタビューで、

中国で日本兵による言語を絶する残虐行為が行われたとの報道に
遺憾の意を表明するとともに、つぎのように付け加えた。

わが国の軍隊がかくも自制心を失い、伝統に反するとはきわめて考えにくいことである。
そのような行為は我々日本人の伝統とまったく相いれないものであり、

わが国の歴史始まって以来そのようなためしはなかった。
日本軍は非常に規律正しいのだ。


  二月十五日

昨晩、龍と周の二人がわが家を去った。
今日発つという。どうやって家に帰るのかは知らない。

計画を打ち明けられなかったし、こちらも聞かなかった。
残念ながら我々の友情にはひびが入った。

・・・

委員会の報告には公開できないものがいくつかあるのだが、いちばんショックを
受けたのは、紅卍字会が埋葬していない死体があと三万もあるということだ。

いままで毎日二百人も埋葬してきたのに。
そのほとんどは下関にある。

この数は下関に殺到したものの、船がなかったために揚子江を渡れなかった
最後の中国軍部隊が全滅したということを物語っている。


  二月二十二日

羅福祥氏は空軍将校だ。
本名を汪漢萬といい、軍官道徳修養協会の汪上校とは兄弟だ。

汪氏は韓の力ぞえで上海行きの旅券を手に入れることができたので、
私の使用人だといってビー号に乗せるつもりだ。

南京陥落以来、わが家にかくれていたが、これでやっと安泰だ。


*   ラーベは23日に乗船南京を発った。中国軍将校羅福祥を連れて。

*   「昨晩、龍と周の二人がわが家を去った。」

   龍と周は12月12日の夜南京陥落の時、密命を帯びて南京に留まった中国軍将校

   ラーベが南京を去らねばならなくなり、
   彼の影に隠れての犯行が不可能になったので、南京を去ったのであろう。

*   「死体があと三万・・・この数は下関に殺到したものの、
   船がなかったために揚子江を渡れなかった最後の中国軍部隊が全滅した

   ということを物語っている。」

   全滅と書くと、日本軍が殺したかの様に取れるが、これは同士討ちによるもの。
   日本軍が来る前に死体の山は出来ていた。
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