2月5日 ラーベの日記1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/02/09 18:33 投稿番号: [339 / 2250]
二月五日
金陵大学付属中学からの手紙
(省略)
十四時十五分
またもや中国機が上空を飛んでいる。
とにかく飛行機に中国の印がついていることだけはたしかだ。
パイロットがどこの国の人間かはわからない。 ロシア人でないといいが。
ロシア人だとすると、ハーケンクロイツの旗を掲げてもあまり効きめはないだろうから。
収容所を二月八日に閉鎖するという新たな指令が出た。
大混乱になり、いっこうにおさまらない。これまでに、約三分の一が出ていった。
残ったのは大半が女の人だ。ここから出ていきたくないのだ。
今日、鼓楼病院から連絡があった。脚気の患者が二人運ばれてきたという。
米飯だけのかたよった食事ではふしぎはない。
上海に 「薬を送れ」 と電報を打つことにした。
*
「パイロットが・・・ロシア人でないといいが」
ソ連は中国軍の上海攻撃の後、「 中ソ不侵略条約 」 を結び、
大量の飛行機やパイロット送りました。
田中正明著 『 東京裁判とは何か 』 267pに
《 この時期ソ連は、
「 日華戦争開始後は、この戦争をできるだけ長引かせることに全力をつくした 」
とダリン ( David J. Dallin ) はその著 『 ソ連と極東 』 の中で次のように述べている。
「 ソ連の対華援助は、西安事件後の秘密条項を含む不可侵条約によって、直ちに
飛行機四、五百機と同数の操縦士および教官を送り、ソ連士官が中国軍に配備された。
チェレバノフ将軍を長とする軍事使節団は、中国に滞在していた。
三八年から四〇年までの間に、ソ連は中国に三億ドルの借款を与えて、
戦車、飛行機その他の軍需品を中国に送った 」》
とあり、戦史叢書 『支那事変
陸軍作戦1』 310〜311pにも
《八月二十一日、南京で、ソ連のボゴモロフ駐支大使との間で、
「 中ソ不侵略条約 」 を締結調印・・・
注二
《…ソ連は三七年、三八年、三九年の三回にわたって総額二億五千万ドル( 約九億円 )
のクレジットを中国に提供し、これにより購入された兵器は、飛行機八〇〇機以上、
弾薬、飛行機用兵器、無線通信機、給油装置などであった。
航空義勇兵約二〇〇人、軍事顧問は、最多時期において八一名が中国内で活躍した。
このほか中共軍に対する直接軍事援助も行われた。》
とあります。ソ連も早くから、非公式に日本と戦争をしていたのです。
これは メッセージ 338 (kireigotowadame さん)への返信です.
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