1月17日 ラーベの日記
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/01/09 16:37 投稿番号: [307 / 2250]
一月十七日
ローゼンと話し合いをしたとき、すでに岡崎総領事は先日のいさかいの調停に
乗り出していた。ベルリンや東京が何もいってこなければ、一件落着となる。
そうなれば大変ありがたい。
とにかく日本人と折り合っていかなければならないのだから。
昨日の午後、ローゼンといっしょにかなり長い間市内をまわった。
すっかり気が滅入ってしまった。
日本軍はなんというひどい破壊のしかたをしたのだろう。あまりのことに言葉もない。
近いうちにこの街が息を吹き返す見込みはあるまい。
かつての目抜き通り、イルミネーションなら上海の南京路にひけをとらないと、
南京っ子の自慢の種だった太平路は、あとかたもなく壊され、焼き払われてしまった。
無傷の家など一軒もない。行けども行けども廃墟が広がるだけ。
大きな市が立ち、茶店が建ち並んでいた繁華街夫子廟もめちゃめちゃで見るかげもない。
瓦礫 (がれき)、また瓦礫だ! いったいだれが元通りにするというんだ! 帰り道、
国立劇場と市場の焼け跡によってみた。ここもなにもかもすっかり焼け落ちていた。
南京の三分の一が焼き払われたと書いたが、
あれはひどい思い違いだったのではないだろうか。
まだ十分調べていない東部も同じような状態だとすると、
三分の一どころか半分が廃墟と化したと言ってよいだろう。
日本軍は安全区から出るようにとくりかえしいっているが、私は逆にどんどん人が
増えているような気がする。上海路の混雑ときたら、まさに殺人的だ。
いまは道の両側にそこそこしっかりした作りの屋台ができているのでなおさらだ。
そこではありとあらゆる食料品や衣料品が並べられ、
なかには盗まれた故宮宝物もまじっている。
難民の数は今や約二十五万人と見積もられている。
増えた五万人は廃墟になったところに住んでいた人たちだ。
かれらは、どこに行ったらいいのかわからないのだ。
*
>道の両側に・・・ありとあらゆる食料品や衣料品が並べられ、
なかには盗まれた故宮宝物もまじっている<
これを見て、ラーベは自分の思い込みの間違いに気づかないのだろうか。
露店で売られている物の中に、「盗まれた故宮宝物もまじっている」
という事は彼らこそが、本当の略奪者という事になるのだが。
彼らが、南京の外から、衣料品など仕入れて来れるわけがない。
彼らは、略奪したあと、証拠隠滅のために放火したであろう。
*
「増えた五万人は廃墟になったところに住んでいた人たちだ。」
王固盤が20万人と言った時、まだ難民区も廃墟も無かった。
城内全域で20万だったはず。
ラーベは話をすり替えている。
増えた五万人は、中国兵が市民として登録された可能性が高い。
これは メッセージ 303 (kireigotowadame さん)への返信です.
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