委員会が記録する日本軍の暴状
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/12/21 18:47 投稿番号: [287 / 2250]
12月19日〜1月上旬
児島襄著 『日中戦争4』
250〜251p
《十二月十九日から一月上旬にかけて、委員会が耳にした被強姦者は、
「七十五人」 である。
掠奪された品目は、次のとおり。
「自動車三輌、自転車六台、水牛二頭、牝牛九頭、ロバ一頭、フトン二十六枚、
フトン・カバー十二枚、ピアノ一台、タバコ七缶、靴一足、時計一個、背広一着、トランク一個」
そして、なぜか、人力車一台、蚊帳 (かや) 三、消防自動車のタイヤが〝強奪〟
された、という。
消防自動車のタイヤは、予備品としての効用があろうが、人力車はどうするのか。
とくに真冬の南京での蚊帳の利用法は、なかなかに推断し難い。
あるいは、死体が多いために冬でもハエが発生したのだろうか……。
この第二期は、まさに第十六師団が南京を管理した時期にはいっているが、同時に、
日本側が、本格的に兵士の悉意的行為の取りしまりにのりだしたころでもある。》
*
真冬に蚊帳を盗んでどうするのか、というのもあるが、背広も意味ないだろう。
軍隊では着る時がない。
それだけではない、ここには書いてないが、ベイツの「盗品リスト」によると
「子供用自転車」もある。
こんな物、兵隊が盗んでも使えないだろうに。
そこで、次に、ベイツの「盗品リスト」を紹介しよう。
松村俊夫著 『「南京虐殺」 への大疑問』 142〜143p
《『資料集①』 に、「日本兵の略奪による損失に関するM・S・ベイツの申立て」
(南京、一九三七年十二月十八日から一九三八年一月十一日まで)という文書がある
〈①219〜221頁〉。
ベイツは国際委員会の中心人物であり、金陵大学の教授で宣教師でもあった。
この文書の日付と宛名の明記はない。
しかしここには、彼の私宅へ日本兵が十回か十一回やってきて略奪し破壊して
いったという品目が書かれている。
同じ国際委員会のリッグズが目撃者だったとか、日本軍補助憲兵も侵入したなどと書き、
その件を日本大使館に文書で連絡したが関心を示さなかった、と強調している。
ここに、日本兵が 「家の二部屋の床に排便を残していった」 とまで書きつつ
示した盗品リストを転載する。
先の郭岐の文章にある盗品の品目と比べれば、略奪の真相が見えてくるのではないだろうか。
《以下に品目別に盗難および破損のリストを記す。しかし、多くの細かい物は
除外してあるし、私の家族が危険を避けて不在であることにより、不十分さは避けられない。
つづく。
これは メッセージ 286 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/287.html