1月10日 ラーベの日記
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/12/20 16:05 投稿番号: [286 / 2250]
一月十日
(前略)
九時
クレーガーが、石田少佐から返事をもらって帰ってきた。
日本軍はなんと、我々に米や小麦粉を売ろうとしない。
はっきり約束したくせに。自治委員会だけに売ろうというのだ。
我々のほうでは、言われたとおり今朝早々と米の販売を中止してしまった。
難民たちはひどくがっかりした。
自治委員会がまだ専用の販売所を開いていないからだ。これは大変なことになる!
ローゼンが本部に訪ねてきた。日本軍は、私にだけでなくローゼンにも、
報告書に少し手加減してもらいたいといってきたという。
ローゼンはいった。「だから、『あなた方に水と電気をとめられたと報告して
おきましょう』 といってやりましたよ」
十六時
自治委員会は、安全区のなか、我々の本部の近くに販売所をつくった。
これで、さしあたっての最大の難問は解決したことになる。
アリソン氏に引き合わせるため、ミルズは私をつれてアメリカ大使館に行った。
これまで我々が日本大使館に毎日提出してきた、ひきもきらない日本兵の犯罪に
関する報告書を代わって作ってくれることになったのだ。
ヒュルターから聞いたところでは、クトゥー号の船内で、P氏とⅤ・S氏が衝突したそうだ。
その結果、P氏はⅤ・S氏に (武器はピストル、距離は三十歩の) 決闘を申しこんだ。
そうこうしているうちに、二人は香港についた。
だが、香港では決闘がゆるされていないので、ドイツにもちこすことになった。
その後P氏もⅤ・S氏も別々の船で帰国した。
まったくなにをかいわんやだ。
われわれはここで、命がけで他人の命を救おうとしているというのに、
同じドイツ人が自分の命をもてあそんでいるとは。
これは メッセージ 284 (kireigotowadame さん)への返信です.
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