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12月30日〜1月4日 中国の和平対応行動

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/12/08 18:42 投稿番号: [271 / 2250]
戦史叢書 『支那事変   陸軍作戦1』 466〜467p

十二月三十日から翌年一月一日まで、
中国側は最高国防会議 (主席蒋介石、副主席汪兆銘) を開いた。

この会議でトラウトマン大使がもたらした回答を討議したもようであるが
その結論は明らかでない。

(汪兆銘の回想録によれは、この和平交渉条件受諾を決定したというが、
ドイツ側資料からみて、これは信じ難い)

ただ本会議において、蒋介石が行政院長の職を辞し、
孔祥煕が院長、張群が副院長になることが決定し、元旦の日に正式就任した。

二日、白崇禧、閻錫山等の将領は前線に帰り、蒋介石も四日、開封方面に向かい出発し、
あとの処置は孔、張に任されることになった。



児島襄著 『日中戦争4』 262p

その翌日(3日)、国民政府は、正式に次のように決定した。
「否認将派代表赴南京與日方講和」

(日本側との和平交渉のために代表を南京に派遣することは、認めない)

  和平拒否   −   である。

  だが、この決定は極秘にされ、ドイツ側にもつたえられなかった。


   −   日本では、

駐日大使ディルクセンが、四日、広田外相にたいして、
ドイツ側は中国に回答を督促している、と語り、外相は、十二日まで待つと応えた。
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