入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1939年8月 ノモンハン39 前線と後方の齟齬

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/12/24 14:34 投稿番号: [2136 / 2250]
辻正信著   「ノモンハン秘史」   毎日ワンズ
211〜213p


《 第二課(情報)の判断によると、

八月中旬には敵は攻勢を取るであろうとのことである。

その根拠になったものは、



一、ハルビン機関の特情によると、赤軍本部から政治部宛の電報によれば

   現地司令部の再三の延期要求を斥けて、

   八月五日から十日の間に攻撃を始めよと命じたこと。

二、敵の現地指導官は準備未了を理由とし攻勢開始の延期を申し出たこと。

三、補給困難のため敵は悲鳴を上げている、

   その補給関係者がチタに会合し協議している。



などであり、これらを総合すると、敵の攻勢は八月十四、五日頃だろうとの判断であった。

皮肉なことに、敵の現地指揮官がいつでも弱音を吐いているのに、

後方の司令部は激しい督戦を加えている点で、

これは我が第一線と、東京との関係と全く反対の現象であった。

ノモンハン事件を大規模に積極的に指導したのはクレムリンであり、

これを消極的に退嬰的に収拾しようと焦ったのは東京である。



第二十三師団の、七月二十三日の攻撃が頓挫したとき、

敵の八月攻勢に、どうして備えるかは最も苦心した点である。

この事件は、越冬を覚悟しなければならぬ。

酷寒零下五十度の砂漠に、一万数千の将兵を越冬させることは、

補給上から生易しいものではなかった。



とりあえず、陣地構築材料を豊富に師団に交付し、

約一カ月の持久に耐える弾薬と糧株を集積する。

井戸を掘り給水の準備を整えたり、あるいは冬営の材料を迫送したりする仕事は、

戦闘以上に将兵の重い負担であった。

万一ソ連が全面戦争を決意する場合をも考えて、全般の作戦計画を樹てねばならぬ。

軍司令官が、敵の攻勢に対して最も懸念されたところは、



一、敵が我が右翼フイ高地方面または最左翼方面から

   包囲的に攻勢を取る公算が大きい。

   この際は第二十三師団の陣地を支点として、敵の外翼に向かって逆襲するが、

   万一敵が正面より一地区毎に絶対優勢な兵力で逐次侵蝕する場合、

   現在の兵力で満足し得るか。

二、このために第七師団を増加する必要はないか。

   少なくもハイラル付近まで推進しておく必要はないか。



とのことであった。参謀長も副長も同意見であり、

この心配は事実において、全く的中したのである。

幕僚の考えがこれに及ばないで、

第七師団を平時の計画通り東部正面に備えるために動かしたくない

との考えと共に、後方の補給能力が十分でないことを理由として、

この処置を躊躇したことは、現実において大きな失敗を重ねる原因となった。》
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