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1939年 ノモンハン26 ビールを飲む連隊長

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/12/03 19:22 投稿番号: [2089 / 2250]
辻正信著   「ノモンハン秘史」   毎日ワンズ
182〜184p


《 午後三時頃であった。悲痛な顔をした須見連隊の将校が、

部隊の危機を訴えるように報告している。

「火焔瓶と地雷を下さい」

声が慄えている。

師団長はたったいま参謀長を失ったばかりのところへ、

またしても前岸の急を訴えられ、苦脳の色がさすがに濃い。

師団参謀は手不足で、前岸に行く余裕は全くなさそうだ。



またお手伝いしようと思って副長に申し出た。異論はない。師団長は柔和な瞳で、

「君、行ってくれるか、御苦労ですが……」

と、心からいたわり、喜んで申し出を承認された。

「護衛兵を連れて行け」   と言われたが、白昼、敵砲弾下を潜るには一人に限る。

敵がどんなに弾薬が豊富であったにしても、

まさか一人の目標に対して大砲を向けることもあるまいと考えながら、

砲弾の合間を縫いながら、再びハルハ河を渡った。



昨日からの渇きを癒   (いや)   すのはただこのときだ。

橋板の上に腹ばいになって水筒で河水を汲み、たちまち二本を飲み干した。

ああこの水を、師団長にも兵にも飲ませてやりたい……。



バラ高地の連隊本部に辿り着いたとき、まだ陽が高いのに連隊長は夕食の最中であった。

不思議にもビールを飲んでいる。

この激戦場でどうしたことだろう、ビールがあるとは……。

飲まず食わずに戦っている兵の手前も憚   (はばか)   らないで……。

不快の念は、やがて憤怒   (ふんど) の情に変わった。

「安達大隊はどうなっていますかッ」



「ウン……安達の奴、勝手に暴進して、こんなことになったよ。

仕方がないねえ……今夜、斥候を出して連絡させようと思っとる」

部下の勇敢な大隊長が、敵中に孤立して重囲の中に危急を伝えているとき、

連隊長が涼しい顔をしてビールを飲んでいるとは   −。

これが陸大を出た秀才であろうか。ついに階級を忘れ、立場を忘れた。



「安達大隊を、何故軍旗を奉じ、全力で救わないのですかッ、

将校団長として見殺しにできますかッ」

傍にいた第二、第三大隊長も、連隊副官も、小声で連隊長に対する不満を述べている。

軍旗はすでに将軍廟に後退させていたのである。

連隊と生死を共にせよとて、三千の将兵の魂として授けられた軍旗を、

事もあろうに、数里後方の将軍廟に後退させるとは何事か。



食事を終わった連隊長は、さすがに心に咎   (とが)   めたらしく、

重火器だけをその陣地に残して、歩兵の全力で夜襲し、

ついに安達大隊を重囲から救出した。

安達少佐以下約百名の死傷者を担いで、夜半過ぎ渡河を開始した。

その最後尾の兵が橋を渡り終わるのを見届けてから、ハルハ河を渡った。》


つづく
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