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1939年ノモンハン事件14 中央に秘密の策戦

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/20 18:52 投稿番号: [2062 / 2250]
辻正信著   「ノモンハン秘史」   毎日ワンズ
142〜145p


《 その結果に基づき、また全般の空中戦と、第二飛行集団長の意見具申によって

下されたタムスク基地急襲の軍命令は、次の通りである。



関作命   (*関東軍作戦命令)   甲第一号   六月二十三日十時   於新京

一、軍は速に外蒙空軍を撃滅せんとす。

二、第二飛行集団長は好機を求めて、速にタムスク、マタット、サンペーズ付近

   敵根拠飛行場を攻撃し敵機を求めて之を撃滅すべし。



この軍命令は実に重大であって、一歩誤れば、中央をも敵にしなければならぬ。

しかし、敵がすでに我より先んじてカンヂュル廟とハロンアルシャン付近を越境爆撃

した以上、報復として外蒙領内の敵基地を爆撃することは当然許さるべきである。

任務達成上の戦術的手段として、軍司令官の権限に属するもので、

別に大命を仰ぐべき筋合ではないと判断したのであった。



むしろ、中央部には黙って敢行し、偉大な戦果を収めてから、

東京を喜ばせてやろうというような茶目っ気さえ手伝ったのである。

殊に事前の漏洩を恐れて、第二飛行集団長に対しても口頭や電報を避け、

筆記命令を幕僚が携行し、直接交付するような注意さえ払った。

東京に対してはたまたま事務連絡で上京する島貫参謀に、

筆記命令を携行して呈出させることにされた。



地上作戦は、七月一日頃と予想している。

この時期の直前に、タムスクを衝   (つ)   くことが望ましい。

寺田、服部両参謀は、飛行集団長に進攻作戦の命令を伝えると共に、

実行日を飛行集団と協定するためにハイラルに出張した。

その結果は地上決戦の一、二日前に決行することとなったが、

天候の関係もあるので、時機の選定は飛行集団長に一任することにした。



東京に報告したら、必ず反対されるであろう。

「島貫参謀が着京するまでに、できたら決行しなければならぬ」   と

時を待っていたところ、突然全く予期しない電報が来た。



  軍参謀長宛                  参謀次長

一、満領内に侵入せる敵を撃退する西方面作戦間、その他の正面の国境紛争は

   極力之を避けること、並に西方面外蒙内部の爆撃を実施せざることは、

   中央に於ける国境紛争の拡大防止上必要とすることにして、

   右、貴軍従来の方針と合致しあるものと考う。

   特に内部爆撃は彼我逐次之を内部に及ぼすに至るべく、事件を却って

   長引かしむるものにして適当ならずと考えあり。   為念。

二、作戦上の連絡のため明二十五日有末中佐を飛行機により派遣す。



島貫参謀はまだ着京しないはずだ。誰か事前に漏洩したにちがいない。

調査の結果、関東軍第四課片倉参謀が寺田課長より絶対極秘として打ち明けられたことを、

事務連絡のため上京して、軍事課長岩畔   (いわくろ)   大佐に洩らし、

次いで参謀本部に漏れたものであった。



  いまや中央は、進攻作戦に反対であることが明瞭である。

  もし実行を延ばすと、必ず正式に中止命令が来るであろう。

  有末中佐が止めに来る前に決行したいと考えて、

  第二飛行集団長に可能の限り繰り上げて実行すべく指導された。》


つづく
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