入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1939年 丁黙邨らに資金武器を貸与

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/14 18:48 投稿番号: [1895 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
72〜74p


《 貸与される工作費が彼らが申し出た金額より十万円も多かったのは、

日本の陸軍がいかに特工に期待したかを示すもので、

それには丁も李も驚きの色を見せた。

「かしこまりました。ついては、それはいつから頂けるのでしょうか。

また、いつまでつづけて下さいますか」



「そうですね。あなた方の準備ができ次第、明日にでも中国の紙幣で差しあげます。

期間は一応党大会が終わるまでと考えて下さい。

その後のことは七月にでもなったら、もう一度相談しましょう。

それから兵器類もご要求通りに、二月中にお貸しします。



爆薬は日本の火薬庫に保管させますから必要なときに申し出て下さい。

なお日本軍は兵器の管理がたいへんやかましいので、面倒でしょうが、

銃の番号とその所有者の氏名が、はっきりわかるような台帳をつくって下さい」



拳銃は先方の要求通り、さしあたり三百挺だけを渡すにとどめ、

渡す銃はすべて試験射撃をして発射した弾丸のライフル・マークを写真に記録した。

それは銃の指紋というべきもので、

仮に渡した銃が日本人に対するテロに使われたとしても、

弾丸さえ回収できれば、拳銃が彼らに渡したものか、どうかわかるはずだった。



彼らは日本の援助が思いのほか大きかったので、

感激し切ってもう感謝の言葉も全く出なかったが、

やがて   「命を賭して工作に邁進して、知遇に報いたい」   と赤誠を吐露して誓った。



ところで、特工本部の場所であるが、これは特工の成否を決める重大な問題である。

私はそれを尋ねた。

「李さん、昨日お願いした家は見つかりましたか」

「陳調元の家はどうでしょう」

すかさず丁黙邨が答えた。



それは重慶の軍事参議院長、陳調元大将の邸で、宅地二千坪あまりの広大な屋敷だった。

ところは共同租界外の滬西で、ゼスフィルド路の七十六号にある。

すなわち静安寺の前をちょっと西へ入りこんだところで、

そのあたり一帯はイタリア軍の警備区域であった。

当時、イタリア軍は日本側に対して一番好意を持っていた。

そこに本拠を置くことは万事都合がよい。



実は私もあらかじめそこに目をつけて、

その邸を管理している特務機関と交渉して譲り受ける内約をとってあった。

ここに目をつけたとは丁黙邨もさすがである。

私はわが意を得たりとばかり賛意を表した。

「ゼスフィルド路の七十六号ですね。いいでしょう。ではそれに決めます。

二、三日中にお引き渡しします」

トントン拍子の進行に、丁黙邨は心から嬉しそうにいう。》



*   「渡す銃はすべて試験射撃をして

   発射した弾丸のライフル・マークを写真に記録した。」

   日本軍は、73年前に、

   既に、今の鑑識とかCSIのような事をしていたんですね。

   すごい。
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