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1938年7月31日 師団の独断張鼓峯攻撃2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/19 18:47 投稿番号: [1718 / 2250]
井本熊雄著   『支那事変作戦日誌』   262〜263p


《 ところが師団長は、佐藤幸徳歩兵第七十五連隊長に命じ、

三十一日未明、沙草峯、張鼓峯一帯のソ連軍陣地を夜襲させた。


この独断処置に対しては、不拡大方針を遵奉していた師団参謀長中村大佐、

参謀斎藤中佐は強く反対したが、師団長は前記の   「別個の事態」   論を主張して、

参謀の意見を聴こうとしなかったと、中村大佐自ら手記を書いているようである。


佐藤連隊長は   「沙草峯を占領するためには、地形上まず張鼓峯を占領しなければならぬ」

という理由で連隊主力を張鼓峯に指向し、

沙草峯には指揮下に入った歩兵一中隊を向けただけであったといわれる。



この報告は、上司より差止められることを考慮して、

攻撃が終り張鼓峯一帯の高地を占領した後に行われ、独断攻撃の理由として

「沙草峯方面附近の敵攻撃し来りたるを以て、佐藤部隊はこれに反撃を加え……」

となっている。

しかし、ソ連兵の攻撃前進の事実はなかったのが真相のようである。



右の報告を朝鮮軍より受けた陸軍中央部は、次長電で事態の拡大を制しておいて、

新たに上奏して大陸命第百六十三号の発令となった。


    命    令

  朝鮮軍司令官ハ当分ノ間   張鼓峯、沙草峯附近   概ネ現進出線附近ヲ占拠シ

  且ツ右以外軍正面ノ   満ソ国境ノ警戒ヲ   厳ナラシムヘシ


右命令に基づく指示としては、事態を拡大しないように、

慎重を期すべきことが重々示された。



また陸軍省からは次官電を以て、沙草峯ならびに張鼓峯事件の処理方針が示された。

その方針は、 「本事件ニ就テハ   不拡大方針ヲ堅持スルコト   従前ト異ルコトナク、

公正妥当且ツ平和的ノ見地ニ立チ   局地問題トシテ敏速ニ   之ガ解決ヲ期ス、

之ガタメ事件ヲ速カニ   外交的商議ニ移ス」   というものである。



右命令の御裁可を受けるため、葉山に参内して状況を報告した多田次長は、

陸相に対する七月二十日の先例もあり、

天皇の御意向如何に関し多大の憂慮を抱いていたが、別にお咎めはなく、

できたことは仕方がないとして、

さらに問題を起すことなく手際よくソ軍を駆逐したことに安心を示され、

これ以上事態を拡大しないよう、注意せられた。



次長は憂慮の胸を撫でおろし、この状況は第一線に対しても伝達せられ、

特に第十九師団長以下夜襲決行部隊長等を感激させた。


しかし事態はそのままでは収まらなかった。》


つづく
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