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1938年7月29日 師団の独断張鼓峯攻撃1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/18 18:49 投稿番号: [1716 / 2250]
井本熊雄著   『支那事変作戦日誌』
261〜262p


《 前記の如く、第十九師団長は国境に有力な一部を残して監視させ、

その他の集中部隊は原駐地に帰還させる処置を講じ、

帰還部隊はその行動の緒についていた。



ところがその翌日七月二十九日の朝九時半頃、

張鼓峯北方約二キロの沙草峯南側の稜線に、ソ連兵約十名が進出して工事を始めた。

慶興に残って当面の情況を観察していた尾高師団長は、この報告を受けると

すぐ将軍峯にいた千田国境守備隊長に命じて攻撃させた。



師団長はこの処置を、 「任務上必要なりという信念に基づいて」   といっている。

我方は約二十名の兵力で、午後三時頃この敵を駆逐した後引上げたが、

四時頃になるとソ連は兵力を増加し、後方に戦車を伴って元の高地に進出して来て、

さらに張鼓峯附近から砲撃を加えた。



右の状況を軍司令官に報告した師団長は、

「本事件は全く敵の不法挑戦によるものにして、我方においては

張鼓峯事件とは全然性質を異にし、別個に処理すべきものと確信す」   と

附記している。この理由は牽強附会である。



朝鮮軍司令官は師団長の決心、処置を認め、

事態を拡大しないように慎重に指導する旨を附記して、

状況を三十日の午前一時過ぎ総長、大臣に報告した。

これを受けた中央部は、午後五時頃次長より、 「沙草峯事件は、

差当り不拡大の方針を堅持して   実施しある現地部隊の   処理に委せる

方針で進んでいる」   旨を返電した。》


つづく
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