1937年 新聞に載った大前軍曹らの捜索
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/13 18:33 投稿番号: [1705 / 2250]
塚本誠著
『ある情報将校の記録』
215〜216p
《 翌朝、昨日の
「朝日」
の記者が白川さんから聞いたといって取材に来たが、
十一月十三日の
「朝日」
にその記事がのっていた。
両部下を捜して三ケ月
―
憲兵大尉一番乗りに秘める悲話
―
(竜華鎮にて、斎藤(一)特派員十一日発)
《 九日午後一時、竜華の街を驀進
(ばくしん)
する戦車の先頭に
悲壮な決意を漲
(みなぎ)
らせて乗り込んでいた憲兵大尉がいた。
わが上海憲兵隊の塚本誠大尉だ。竜華一番乗りだ。
戦車が淞滬警備司令部の前に止まると、
残敵が潜んでいるかも知れぬその建物内に単身飛び込んで
虱潰
(しらみつぶ)
しに舎内を検索した。
この一番乗りの蔭には事変の直前不幸敵手に斃
(たお)
れた
二人の部下への熱情が秘められていたのだ。
記事は既述の大前軍曹、熊野通訳の行方不明の事件を記した後、
次のように続けられている。
二人の事件も支那事変の大渦に巻き込まれ、その後淞滬警備司令部で
二人とも銃殺されたとの情報がはいったまま今日に及んでしまった。
塚本大尉の頭の中には二人が若
(も)
し銃殺されたとしても
仮令
(たとい)
一品でも遺品を手に入れ遺族に送りたい一念であったのだ。
大尉は左の如く語った。
「私は竜華占領の今日の日をどんなに待ったことか。
今日もこうして怪しげな土饅頭にまで捜索を続けているのです」》
これは メッセージ 1703 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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