入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1937年 ジャキノ難民区設立3

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/05/25 18:56 投稿番号: [1666 / 2250]
松本重治氏著   『上海時代 (下) 』   中公新書
234〜235p


《 「……上海に於ける安全地帯   (所謂ジャキノ・ゾーン)。

上海周辺の戦闘が進み、中国軍の総退却が予見された頃   (十月末−松本註)、

ジャキノ神父を中心とする英米仏諾等諸国人から成る国際委員会が出来て、

南市   (上海南部の支那町)   の一部を区切って、戦火がこの方面に及んだ場合、


中国人を収容するため   『安全地帯』   として、

日中、双方から認めて貰いたいという話がありました。

最初にジャキノ神父は   「マンチェスター・ガーディアン」   紙の特派員

ティンパーレー氏に伴われて、私の許   (もと)   に参られ、この話をされたのであります。



私は岡本上海総領事及び岡崎総領事と協議し、この案の実現の為め、

お世話を致しました。

松井陸軍最高司令官も長谷川海軍最高司令も最初から極めて好意的な態度を示され、

これを認めることになり、中国側もこれを認めました。


そのさい松井軍司令官は金壱万円を委員会に寄付してこれを助けられました

(長谷川司令長官も同額を贈られました)。

また広田外務大臣は十二月八日付でジャキノ神父宛書翰を送り、

その人道的事業に対する日本国民の讃美と敬意とを伝え、

その成功を祈る旨を表明されました。



この計画を日本国が認めたのは、

(1)   この地区は純粋の支那町であり、またジャキノ神父はじめ委員全部の

    公正無私な気持や態度が明瞭であったこと。

(2)   委員会は、戦闘のある場合、中国非戦闘員を収容保護し、戦闘終了後は、

    暫くの間、引き続彼等を救護するが、地区内の行政や取締りは

    日本軍の全権力の下にあることを認め、

    委員会はこれに関与せぬことを最初から明かにしたこと。



(3)   この地区に隣接した仏租界当局の好意的協力があったため、委員会は、

    戦闘中同地区の   『中立性』   を維持する実力を持つと認められたこと。

(4)   同地区の位置に鑑み、戦闘が近くで行われた場合、その   『安全』   を

    尊重することが出来ると認められたこと等の理由に基くものでありました。



上海戦の最後の段階には、この地区の境まで戦脚が及びましたが、

日本軍の砲弾は一発も地域内に落下せず、逃げ込んだ中国兵は委員の手によって、

みな武装解除され、日本軍は地区内に入らず、極めて平穏に経過しました。

かくて、同地区は、数千戸の中国家屋と、約二十五万人の中国民衆の生命とを

救い得たのであります。この事情は当時委員会から出版されたパンフレットに

詳しく記されてあります。……」》



注   : 「英米仏諾等諸国人」   の中の   「諾」   の字はノルウェー   ( 諾威 )   を指す。
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