百人斬り記事 第4号
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/09/03 18:48 投稿番号: [165 / 2250]
〔昭和12年12月13日
東京日々新聞朝刊〕
百人斬り〝超記録〟向井 106−105 野田/両少尉さらに延長戦
《 [紫金山麓にて十二日浅海、鈴木両特派員発]
南京入りまで〝百人斬り競争〟といふ珍競争を始めた例の
片桐部隊の勇士向井敏明、野田巌 (ママ) 両少尉は
十日の紫金山攻略戦のどさくさに百六対百五といふレコードを作つて、
十日正午両少尉はさすがに刃こぼれした日本刀を片手に対面した
野田
「おいおれは百五だが貴様は?」
向井
「おれは百六だ!」……
両少尉は
〝アハハハ〟結局いつまでにいづれが先に百人斬ったかこれは不問、結局
「ぢやドロンゲームと致さう、だが改めて百五十人はどうぢや」
と忽ち意見一致して十一日からいよいよ百五十人斬りがはじまつた、
十一日昼中山陵を眼下に見下ろす紫金山で敗残兵狩真最中の向井少尉が
「百人斬ドロンゲーム」 の顛末を語つてのち
知らぬうちに両方で百人を超えていたのは愉快ぢや、
俺の関孫六が刃こぼれしたのは一人を鉄兜もろともに唐竹割にしたからぢや、
戦ひ済んだらこの日本刀は貴社に寄贈すると約束したよ
十一日の午前三時友軍の珍戦術紫金山残敵あぶり出しには俺もあぶりだされて
弾雨の中を
「えいまゝよ」 と刀をかついで棒立ちになってゐたが一つもあたらずさ
これもこの孫六のおかげだ
と飛来する敵弾の中で百六の生血を吸った孫六を記者に示した。》
向井少尉は、まるで、スーパーマンのように描かれているが、
当の向井少尉は丹陽で負傷し入院している。
弾に当たらないどころか、とっくに当たっている。
しかも、まだ入院中だから、この場にいない。
『「百人斬り競争」の虚報を証明した野田少尉の手記』
《・・・・
野田ハ
麒麟門東方ニ於テ
記者ノ
戦車ニ添乗シテ来ルニ
再会セリ
記者「ヤアヨク会ヒマシタネ」
野田「記者サンモ御健在デオ目出度ウ」
記者「今マデ
幾回モ打電シマシタガ
百人斬競争ハ
日本デ大評判ラシイデスヨ。
二人トモ百人以上
突破シタコトニ
(一行不明)
野田「ソウデスカ」
記者「マア其ノ中
新聞記事ヲ楽ミニ
シテ下サイ、サヨナラ」
瞬時ニシテ記者ハ
戦車ニ搭乗セルママ
去レリ。
当時
該記者ハ
向井ガ
丹陽ニ於テ
入院中ニシテ
不在ナルヲ
知ラザリシ為、
無錫ノ対話ヲ
基礎トシテ
紫金山ニ於イテ
向井野田両人ガ談笑セル記事
及
向井一人ガ
壮語シタル記事ヲ
創作シテ
発表セルモノナリ。》
(『正論』2001年8月号
336p)
これは メッセージ 164 (kireigotowadame さん)への返信です.
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