12月11日 陸海軍の動き
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/08/30 16:42 投稿番号: [161 / 2250]
上海派遣軍
第十三師団は、十一日、一部をもって図山要塞を奪取し、主力は同日鎮江に集結し
渡河を準備した。
(戦史叢書『支那事変
陸軍作戦1』424p)
軍司令官は、第十六師団の右翼方面の攻撃を容易にしかつ敵の東方に向かう退路を
遮断するため、十一日、渡河のため鎮江に待期中であった第十三師団の山田支隊を
南京北側に派遣して烏龍山及び幕府山砲台を攻略するよう部署した。
第三師団は、十一日、軍命令に基づき先遣隊を第九師団の左翼に進出させた。
(戦史叢書『支那事変
陸軍作戦1』428p)
第十軍
十一日、軍司令官は第十八師団を杭州攻略に参加させるため、南京に向かう追撃を中止し、
主力を太平、蕪湖の間に集結させた。
国崎支隊は、十一日、同地北方慈湖鎮付近で揚子江を渡河し左岸に移動した。
(戦史叢書『支那事変
陸軍作戦1』425p)
海軍の揚子江啓開
十一日の経過
鎮江下流右岸は我が陸軍部隊の進出により、残敵はおおむね掃蕩された模様であった。
「掃一、掃三号」 (一掃第三小隊) は 07:00 泊地発、「山風、海風」 の前路を掃海し、
大港鎮まで嚮導した後、亀山から裕龍洲立標までの深海を実施した。
また田村一掃司令は第一、第二小隊の掃海艇四隻を率い 09:00 泊地発、
主隊の前路を掃海し、裕龍洲下端付近まで進出した。
14:00 ころ、第二十四駆逐隊及び 「安宅」 からの派遣陸戦隊は尹公洲及び
その対岸に上陸、管制機雷衛所及び電纜を捜索したが、成果なく、18:00 ごろ打ち切った。
また右岸に上陸した陸戦隊は、陸軍部隊と協力、焦山を占領した。
「保津、勢多、二見、熱海、比良」 並びに一掃各艇は、16:25 泊地発、
丹徒水道を探海しつつ遡 (そ) 江し、都天廟狭水道付近に達するや、
都天廟砲台 (十二糎 (センチ) 砲四門) 及びその東方陣地から猛烈な射撃を受けた。
これに対し、16:30 第二十四駆逐隊各艦は掩護射撃を開始し、神川丸機も協力爆撃を行った。
各艦艇は弾雨の中、掃海を続行し、17:00ころ都天廟敷設線を掃海突破した。
拘束機雷はなかった。
本戦闘において各艦艇の船体各部に機銃弾が命中したが、人員その他被害はなかった。
なおこの日 「比良」 は捕虜から焦山方面に機雷は敷設してない旨の情報を得た。
同艦に続き 「勢多、保津」 が焦山南水道を突破して鎮江に突入、18:00 桟橋に横付けした。
この日、第一水雷隊 (隼、鵯欠) は第一警戒部隊に編入され、「栗」 が除かれた。
(戦史叢書『中国方面海軍作戦1』465〜466p)
これは メッセージ 160 (kireigotowadame さん)への返信です.
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