4月1日 抗議すると変わる命令
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/04/10 18:43 投稿番号: [1574 / 2250]
児島襄著
『日中戦争4』
文春文庫
318〜320p
《 またまた
「回れ右」
命令であり、
赤柴大佐は、ただ唖然かつ憮然とするばかりであった。「ご苦労だが……」
と、それでもやむなく、大佐は、四月一日午前零時、大隊長たちを集めて
再度の転進命令を示達していると、野砲兵第十連長谷口春治中佐がやってきた。
「困ります。こんな支隊命令は困ります」
中佐は、憤然とした表情と語調で、強調した。
砲兵部隊は、すでに北方の敵にたいして布陣し、砲撃準備をととのえている。
急に
「回れ右」
といわれても、歩兵のように身軽には動けない。
いまから方向転換しても、朝の攻撃には準備が間にあいそうにもない。
このまま予定どおりの作戦を実行したほうが有効だから、
一緒に意見具申してほしい、と、谷口中佐は主張した。
・・・・・
大佐の様子をみた谷口中佐は、では、という形に肩をはると、
机上の電話で支隊長瀬谷少将、ついで野戦重砲兵第二旅団長西村琢磨少将に
「真剣な調子」
で命令撤回をもとめる意見具申をした。
その結果は、午前二時、次の支隊命令で明示された。
「歩兵第十連隊ハ、四月一日北方ノ敵ニ対シ
之ヲ東北方ニ圧迫スル
如ク
攻撃シ、以テ支隊ノ左側背ヲ
安全ナラシムベシ……。
停車場付近ニ対スル
攻撃ノ時機ハ、別命アル迄中止ス」
わずかに三時間たらずでの命令変更である。
では、その前の台児荘攻撃命令は、なんのための下令なのか……。
なんとも不鮮明な統帥といわざるを得ないが、首をひねったのは、
台児荘の第六十三連隊長福栄真平大佐も、同様であった。
大佐の場合、台児荘にたいする主力攻撃命令を、午前一時三十分に受理した。
第十連隊が右翼になって停車場付近を攻める、第六十三連隊は左翼で攻撃せよ、
というので、大佐は勇躍して必要な命令を準備しているところに、
攻撃延期の支隊命令がとどいたのである。
福栄大佐は、支隊の
〝猫眼的姿勢〟
に不満を感ずるよりも、心配した。
がっちりと台児荘城に取り組んでいる関係上、後方や左右の戦況を詳細に知る余裕はなく、
なにが原因で支隊命令が変更されたか、知るすべもなかったからである。
「支隊全般の作戦遂行の上に、大きな変化が起ったのかも知れない」
福栄大佐は、そんな感想を得ただけに、ますます台児荘の攻略は
「連隊独力」
で成就せねばならぬ、と覚悟した。
この日、中国側の砲撃は強化されたが、
城の西北角に孤立していた第三大隊第十一中隊は、無事に救出された。》
つづく
これは メッセージ 1572 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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