3月8日 松本氏高宗武と和平を語る2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/03/17 13:58 投稿番号: [1525 / 2250]
松本重治著
『上海時代・下』
中公新書 268〜269p
《 君も知っているように、日本の通信社には新聞聯合と 『電通』 があった。
第三の新しい同盟通信を作って、既存の両社を吸収合併したという現実の体験が
私にはある。通信社と政府とは、本質的に違うが、それに似た考え方は、
宗武、何か参考にならないかね。
『聯合』 は 『同盟』 に吸収合併されたが、
その錦の御旗ともいうべき、新聞社の連合体という性格をそのまま残し、
同時に、海外との無線発受の特権を独占したのが 『同盟』 だ。
実体は、第三の通信社ではなく、 『聯合』 の発展的解消なのだ。
もちろん政府の改組は、しんこ細工のように、容易に出来るものではないが、
改組にも、やり方はいろいろあるだろうが、
国民政府の歴史の上にも、一九三一年末のように前例があるのではないか?」
「シゲ、第三政府的な論議などは、だめだと思う。
だが、徹底抗戦から和平に切り換えれば、事実上、改組になることになる。
現に、国民政府内でも、いろいろな論議が行われているのは事実だ。
誰彼と、名前をいうことは、今はできないが、
『一致抗日』という金看板は降すわけにはいかないが、
内々に、和平の途を探求しようと考えているものもある」
「宗武、おそらく君もその一人だろうが、ほかに頼りになるような友人があるのかい?」
「まず、周仏海だな」「驚いたね。周さんは蒋介石の第二侍従室長じゃないかね」
「そのとおりだ。蒋が最も信頼している部下だ。
おまけに、彼は党の宣伝部長もやっているよ」
「そうかね。君はまだ亜洲司長をやってるのかね?」
「イヤ、やめたよ。蒋介石さんの諒解の下に、周仏海と話し合って、表面上は、
香港で日本の作戦情報を集める役目をやっているが、僕は、作戦以外の情報が欲しいのだ。
香港だけではだめなので、こっそりと上海まで来て君に会っているわけだ
二月中旬だったか、董(道寧)君と会ったよ。
君の指令で、彼が川越大使に会ったことは聞いたよ」
「董君には、君にも会うようにといっておいたのだよ。
だが、その後の董君の動静が判らない。
上海まで来たのは、一つは董君との連絡をとるためだったんだよ」。
そう聞くと、私は、ちょっと口をつぐんだ。
董君の訪日のことをここで話してしまうか、どうか迷った。
私は意を決して、「宗武、君の情報蒐集は、主として和平のためなのだろう?」
「もちろん、そうだよ」
「君が真剣に和平を考えているのなら、一つ話したいことがある。怒っちゃいけないよ」
「シゲちゃんが何をいったって、僕が怒るものかね」
「では、白状するが、董君は東京へ行ったのだ」 と話すと、
高君の顔面が急に緊張してきた。 私はつづいて、
西・董・私と三人協議のうえ董君を東京へ遣ったことを正確に話したうえ、
「董君が、東京へ行くことは高君の指令範囲外になると、彼自身少なからず躊躇していたが、
僕が責任をもって高司長に釈明するといって、決心させたのだ。
わるかったら、僕がお詫びをする。僕は、董君を東京へ遣ったこと自体は、
両国の和平のためのきっかけになると確信しているんだ。その点、董君が
帰ってきても、あまり叱らずにおいて欲しい。これは僕の頼みだよ」 と述べると、
高君は、「それで、判らぬことが、万事、氷解したよ。
僕だって、叱りやしないよ。しかし、帰りが遅いな」
「ウン、二月十五日ごろ発っていったのだから、もうそろそろ帰ってくるだろう。
帰ってきたら、君が待っているから、すぐ連絡するよう話そう」
「そうしてくれ給え。今日の君の話では、いろいろ、よからぬ既成事実が
出来上ってしまって、和平運動が、ますますむつかしくなるような感じだね」
「その点は、まさしくそのとおりだが、本当の和平運動が、
傀儡政府を通じてやれるものではないことは、明瞭だ。
案外、董君の報告が、われわれにも嬉しい吉報となるかも知れんよ」
「そうなればよいがねえ。とにかく、上海逗留を延そう」
「また、会えるといいがね」 と長談義を終った。》
《 君も知っているように、日本の通信社には新聞聯合と 『電通』 があった。
第三の新しい同盟通信を作って、既存の両社を吸収合併したという現実の体験が
私にはある。通信社と政府とは、本質的に違うが、それに似た考え方は、
宗武、何か参考にならないかね。
『聯合』 は 『同盟』 に吸収合併されたが、
その錦の御旗ともいうべき、新聞社の連合体という性格をそのまま残し、
同時に、海外との無線発受の特権を独占したのが 『同盟』 だ。
実体は、第三の通信社ではなく、 『聯合』 の発展的解消なのだ。
もちろん政府の改組は、しんこ細工のように、容易に出来るものではないが、
改組にも、やり方はいろいろあるだろうが、
国民政府の歴史の上にも、一九三一年末のように前例があるのではないか?」
「シゲ、第三政府的な論議などは、だめだと思う。
だが、徹底抗戦から和平に切り換えれば、事実上、改組になることになる。
現に、国民政府内でも、いろいろな論議が行われているのは事実だ。
誰彼と、名前をいうことは、今はできないが、
『一致抗日』という金看板は降すわけにはいかないが、
内々に、和平の途を探求しようと考えているものもある」
「宗武、おそらく君もその一人だろうが、ほかに頼りになるような友人があるのかい?」
「まず、周仏海だな」「驚いたね。周さんは蒋介石の第二侍従室長じゃないかね」
「そのとおりだ。蒋が最も信頼している部下だ。
おまけに、彼は党の宣伝部長もやっているよ」
「そうかね。君はまだ亜洲司長をやってるのかね?」
「イヤ、やめたよ。蒋介石さんの諒解の下に、周仏海と話し合って、表面上は、
香港で日本の作戦情報を集める役目をやっているが、僕は、作戦以外の情報が欲しいのだ。
香港だけではだめなので、こっそりと上海まで来て君に会っているわけだ
二月中旬だったか、董(道寧)君と会ったよ。
君の指令で、彼が川越大使に会ったことは聞いたよ」
「董君には、君にも会うようにといっておいたのだよ。
だが、その後の董君の動静が判らない。
上海まで来たのは、一つは董君との連絡をとるためだったんだよ」。
そう聞くと、私は、ちょっと口をつぐんだ。
董君の訪日のことをここで話してしまうか、どうか迷った。
私は意を決して、「宗武、君の情報蒐集は、主として和平のためなのだろう?」
「もちろん、そうだよ」
「君が真剣に和平を考えているのなら、一つ話したいことがある。怒っちゃいけないよ」
「シゲちゃんが何をいったって、僕が怒るものかね」
「では、白状するが、董君は東京へ行ったのだ」 と話すと、
高君の顔面が急に緊張してきた。 私はつづいて、
西・董・私と三人協議のうえ董君を東京へ遣ったことを正確に話したうえ、
「董君が、東京へ行くことは高君の指令範囲外になると、彼自身少なからず躊躇していたが、
僕が責任をもって高司長に釈明するといって、決心させたのだ。
わるかったら、僕がお詫びをする。僕は、董君を東京へ遣ったこと自体は、
両国の和平のためのきっかけになると確信しているんだ。その点、董君が
帰ってきても、あまり叱らずにおいて欲しい。これは僕の頼みだよ」 と述べると、
高君は、「それで、判らぬことが、万事、氷解したよ。
僕だって、叱りやしないよ。しかし、帰りが遅いな」
「ウン、二月十五日ごろ発っていったのだから、もうそろそろ帰ってくるだろう。
帰ってきたら、君が待っているから、すぐ連絡するよう話そう」
「そうしてくれ給え。今日の君の話では、いろいろ、よからぬ既成事実が
出来上ってしまって、和平運動が、ますますむつかしくなるような感じだね」
「その点は、まさしくそのとおりだが、本当の和平運動が、
傀儡政府を通じてやれるものではないことは、明瞭だ。
案外、董君の報告が、われわれにも嬉しい吉報となるかも知れんよ」
「そうなればよいがねえ。とにかく、上海逗留を延そう」
「また、会えるといいがね」 と長談義を終った。》
これは メッセージ 1523 (kir**gotowa**me さん)への返信です.