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12月9日降伏勧告文投下と陸軍作戦

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/08/18 18:51 投稿番号: [146 / 2250]
児島襄著『日中戦争4』193〜196p

  中支那方面軍司令官松井石根大将は、十二月九日午前零時三十分、
次のような 「中方作命第三十一号」 を下令した。

「 一、中支那方面軍ハ、中華民国首都   南京城ヲ   攻略セントス。

  二、上海派遣軍   及   第十軍ハ、南京城攻略要領ニ   準拠シ、南京城ヲ

     攻略セシムル予定。   但シ   攻略実施ノ   時機ハ   別命ス」

・・・・

命令下達の約四時間後、第36連隊を先頭にして西進した第9師団、第6旅団は
第35、第七連隊が南京東部の中山門東南、

第18旅団の第36連隊は光華門、第19連隊は武定門にせまった。

南の第6師団は第45連隊を右、第13連隊を左に配置して将軍山西側の
牛首山を力攻し、第114師団も第6師団の右側で前面の敵を攻撃した。

・・・・

   ―   午後四時、

南京上空に松本雄幸曹長と粉川宗三伍長が操縦する97式重爆撃機が飛来し、
大量のビラを投下した。

ビラは、風にのって第6、第114師団の前線にも舞い下りた。

「日軍百萬   既ニ   江南ヲ   席巻セリ。南京城ハ   既ニ   包囲ノ中   ニアリ……」

  との冒頭の文言ではじまる投降勧告文であり、翌日十日正午を回答期限にしていた。
  あて名は 「南京防衛司令官唐生智」、発信者は 「大日本陸軍総司令官松井石根」。

勧告文は、南京城を   「和平裡ニ開放」   することをもとめ、
期限までに回答がないときは 「南京城攻略ヲ開始」 する、と述べていた。

しかし、回答がくるまでは攻撃を停止するとは、いっていない。

第9師団も、第6、第114師団も、さらには第9師団の北側を
紫金山にとりついている第16師団も、第6師団の西方を北進している第18師団も、

だから、攻撃の手をゆるめることはなかった。

いや、むしろ、投降勧告の効果を増大させるべく、日本側は、この夜はとくに
全線にわたって攻勢を強化し、それにたいする中国側の応戦も激化した。

「砲撃戦はますます激しくなり、砲火が交錯する戦場は恰 (あたか) も不夜城を見る思いであった」

とは、第九師団の戦況描写であるが、事情はどの師団の戦いにも共通していた。
夜襲がくり返され、中国側の逆襲もくり返され、そのたびに彼我の死傷者は増え、

夜の戦場に血が流れた。

夜おそく、難攻していた第6、第114師団の突撃が成功し、
牛首山に布陣していた中国軍第58師主力は、退却した。
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