西安事件3
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/02/12 15:45 投稿番号: [1454 / 2250]
焦った張学良は蒋介石を監禁して、
共産党討伐をやめ、共産党と手を組んで、日本と戦争するよう要求しました。
その具体的内容は以下の通り。
松本重治著
『上海時代・下』
中公新書
59
《
八項目の主張とは次のとおりです。
(1)南京政府を改造し、各党各派の参加を許し、ともに救国の責任を負わしめよ。
(2)すべての内戦を停止せよ。
(3)上海で逮捕された愛国運動の指導者をただちに釈放せよ。
(4)全国のすべての政治犯を釈放せよ。
(5)人民の集会・結社等すべての政治的自由を保障せよ。
(6)民衆の愛国運動を公認せよ。
(7)孫総理の遺嘱を確実に遵守せよ。
(8)ただちに救国会議を召集せよ」》
しかし、蒋介石は応じず、
56〜57p
《
蒋
「まだ、私を委員長と呼ぶか?
上官と認めるなら、命令に従って
洛陽に送り還せ。さもなければ、君は反逆者、私は反逆者の捕虜だ。
即座に銃殺しろ。他にいうべきことなどありはしない」
張
「委員長がわれわれの意見を受諾されるなら、もちろん命令に従います」
蒋
「君は、いったい、私の部下なのか敵なのか?……敵ならばただちに私を殺せ。
二つに一つ、ほかに何もいう必要はない。私は何をいわれても聞く耳を持たぬぞ」》
と突っぱねた。
ここに周恩来がやって来、宋美齢もやってきた。
そして宋美齢は周恩来と会い、蒋介石も周恩来と会っている。
66p
《 宋美齢の
「回想録」
によると、彼女は二十三日には二時間、
また二十四日にも、周恩来と会談をしている。
張学良が頼んでも蒋介石が会いたくないといっている人だといって、
張は彼女に周思来を紹介している。
宋美齢は、周恩来に意外にも好感をもったようで、宋美齢の斡旋で、
周恩来は蒋介石に短時間会ったようである。
周は、蒋に対し、蒋介石領導での一致抗日、そのための内戦停止を簡潔に述べたが、
蒋としては、説得される必要は全然なかった。
それで、口頭で、
「統一戦線を約束したようであり、周恩来と
『再び共に仕事を』
したい」
(ハン・スーイン著
『毛沢東』
松岡洋子訳二五三ページ)
と、
いとも簡単な挨拶をしたというのが、ことばどおりではないにしても、
おそらく真相に近かろうと思われる。》
どういう取引が有ったか分かりませんが、ともかく、蒋介石は釈放されました。
そして、以後共産党の討伐は行われていません。
これは メッセージ 1452 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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