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西安事件1 張学良共産党と接触

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/02/10 18:50 投稿番号: [1449 / 2250]
蒋介石は日本が戦争する意思はない事を知って安心して、共産党退治に乗り出しました。

内側に叛乱分子を抱えていては対日戦争などできませんから。

そこで、張学良を西北剿匪副総司令に任命し、

西安へ共産党討伐に行かせますが、張学良はこれに不満でした。

彼の望みは、対日戦争でしたから。



児島襄著   『日中戦争3』   文春文庫


244p

《 西安には、もともと西安綏靖公署主任・第十七路軍総指揮楊虎城が位置していた。

楊虎城は、馮玉祥系の軍閥将領で、その第十七路軍約五万人も、

いわば楊虎城があつめた部隊であり、「陝   (せん)   軍」の通称で呼ばれていた。

ただし、軍隊としては装備、素質ともに劣悪で、土匪なみの集団であった。


それだけに、楊虎城としては、勢力範囲とその中での   「静かな搾取生活」   を

楽しむのが望みであり、共産軍との戦いも中央軍の進出も好まなかった。

現に、楊虎城は共産軍   「紅第四方面軍」   と 〝相互不可侵協定〟 を

むすんでおり、蒋介石の剿匪作戦についても批判的であった。》



246〜247p

《 張学良は、 「剿匪がいやになった」   と楊虎城にもらし、

一九三六年をむかえると、共産党側との接触を開始した。

・・・・

四月四日、第六十七軍長王以哲を通じて、共産党連絡局長李克農と

洛川の第六十七軍司令部で会見した。

張学良は、より以上の幹部、たとえば周恩来との会談を希望し、

李克農はただちに連絡して、周恩来が会談に応ずる旨を返事した。



張学良は、延安での会談を指定し、同市に駐屯する第六十七軍第一二九師   (周福成)   に

安全を保障するよう、指示した。

四月九日深夜、延安市東方的五キロの天主堂で張・周会談がおこなわれた。

・・・・

共産党側にも、張学良の接近を喜ぶ   「内部事情」   があった。

共産党軍は、当時、ほぼ第一、第二、第四方面軍にわかれて、

甘粛省北部での合流をめざしていたが、総兵力は

「長征」   を開始した当時の三分の一以下、約七万人にすぎない。



しかも、中央軍の追尾をうけているだけでなく、

山西の閻錫山軍も動いて、側背をおびやかされている。

もし、中央軍側の総攻撃が開始されれば、全滅しないまでも

組織的戦力を破砕されるのは必至であろう。

その非命を回避し、叫んでいる   「抗日」   戦の第一線にたつには、

「停止剿共」   を国民政府側にもとめる以外に方法はない……。》


つづく
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