12月8日の上海派遣軍と海軍の動き
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/08/14 19:15 投稿番号: [142 / 2250]
上海派遣軍
第十三師団の沼田支隊は、八日、揚子江を渡河して靖江を占領し、
じ後一部を残置して、主力は師団主力に追及した。
天谷支隊は、丹陽を経て鎮江に向かい前進し、鎮江南方の陣地を奪取して、
八日、鎮江に進入し、付近砲台を占領した。
(戦史叢書『支那事変 陸軍作戦1』424p)
海軍の作戦 陸軍の渡河作戦協力
江陰を占領した陸軍部隊 (第十三師団歩兵第二十六旅団) は八日未明、
江陰西方地区から八? (土+于) 港鎮東方地区に渡河上陸し、
主力は13:00 ごろ靖江鎮に突入、一部は天生港鎮付近の砲台を攻撃するに決した。
そこで近藤指揮官は陸軍部隊に対する協力計画を次のように定めた。
一 本職安宅、保津、比良、鳥羽、勢多ヲ率ヰ 陸軍ノ 渡河作戦ニ 協力ス
安宅ハ 機宜行動ス 保津艦長ハ保津、比良、鳥羽、勢多ヲ指揮シ 陸軍部隊揚陸後
速ニ 揚陸点上流ニ 進出シ 陸軍部隊翼側ノ 掩護ニ任ズべシ
右終了後何分ノ令アル迄 八? (土+于) 港及 江陰桟橋附近ニ
一艦宛ヲ 配シ 通信連絡ニ 任ゼシムベシ
二 航空部隊ハ 神川丸艦長ノ 定ムル所ニ依リ 左ノ如ク 行動スベシ
「陸軍揚陸部隊ト 略時ヲ同ジウシテ 天生港鎮 南方江岸ノ 敵陣地ヲ爆撃、
主力部隊 靖江突入前 同地南側敵陣地ヲ 徹底的爆撃ヲ ソレゾレ加フベシ」
三 二十四駆逐隊司令ハ 一掃 ヲシテ 06:45 発進 泊地附近ヨリ上流ノ清掃ニ任ゼシムベシ
四 特別掃海隊ハ 掃海部隊指揮官ノ 定ムル所ニ依リ 行動
長谷川長官 水路啓開を督励
八日 05:30、「保津、勢多、比良、鳥羽」 は配備に就き、陸軍部隊は予定どおり
07:00 渡河作戦を終了した。
09:22、長谷川長官は近藤指揮官に
「第一警戒部隊ハ 速カニ 南京ニ至ル 水路ヲ 啓開スベシ」 と命令した。
各隊の掃海状況(八日)
第二掃海隊はクーパーバンク西方から更に西方の水路を掃海した。
10:50 スリーツリー北方設標中の天塩丸は前方江上に管制機雷の爆発二条を認めたので、
敵トーチカ (龍潭港南西岸と推定) を砲撃した。
同隊は 19:00 まで北水道南方水路を掃海し、
巫山弧山の連結線以東の福姜沙北岸水路の掃海を完了した。
江陰下流の閉塞線は一部啓開されていたとはいえ清掃未済であったので、
第一掃海隊はまず閘門を掃海突破後、その上流付近の主隊泊地を掃海すべき旨命ぜられた。
同隊は天明時行動を開始した。閘門江底に障幸物多数あり、
掃海索を切断すること四回に及び、ようやく閘門上流入口までの掃海を完了した。
10:00 から同隊は旗艦安宅の前路を掃海して嚮導し、10:50 終了、
引続き前命令による泊地掃海を実施し、14:15ころこれを終了した。
田村一掃司令は 「泊地附近一帯ノ 掃海終了後、一掃、江風、比良、勢多ヲ指揮シ
江陰ヨリ 三江営迄ノ水路 啓開ニ任ズベシ」 との命令を受け勢多を前衛兼嚮導艦、
江風、比良を後衛兼機雷処分艦として、それぞれ前方八〇〇米及び後方一、二〇〇米に
占位させ、16:08 八掃海具を投入、進撃を開始し、同時に神川丸艦長に、飛行機による警戒を依頼した。
頭? (土+于) 港、九? (土+于) 港、青龍港、連成洲北岸敵陣地及び密集部隊から
射撃を受けたが、その都度これを反撃撃破し進撃を続行、
18:28 天申橋下流に警泊した。
(戦史叢書『中国方面海軍作戦1』462〜463p)
第十三師団の沼田支隊は、八日、揚子江を渡河して靖江を占領し、
じ後一部を残置して、主力は師団主力に追及した。
天谷支隊は、丹陽を経て鎮江に向かい前進し、鎮江南方の陣地を奪取して、
八日、鎮江に進入し、付近砲台を占領した。
(戦史叢書『支那事変 陸軍作戦1』424p)
海軍の作戦 陸軍の渡河作戦協力
江陰を占領した陸軍部隊 (第十三師団歩兵第二十六旅団) は八日未明、
江陰西方地区から八? (土+于) 港鎮東方地区に渡河上陸し、
主力は13:00 ごろ靖江鎮に突入、一部は天生港鎮付近の砲台を攻撃するに決した。
そこで近藤指揮官は陸軍部隊に対する協力計画を次のように定めた。
一 本職安宅、保津、比良、鳥羽、勢多ヲ率ヰ 陸軍ノ 渡河作戦ニ 協力ス
安宅ハ 機宜行動ス 保津艦長ハ保津、比良、鳥羽、勢多ヲ指揮シ 陸軍部隊揚陸後
速ニ 揚陸点上流ニ 進出シ 陸軍部隊翼側ノ 掩護ニ任ズべシ
右終了後何分ノ令アル迄 八? (土+于) 港及 江陰桟橋附近ニ
一艦宛ヲ 配シ 通信連絡ニ 任ゼシムベシ
二 航空部隊ハ 神川丸艦長ノ 定ムル所ニ依リ 左ノ如ク 行動スベシ
「陸軍揚陸部隊ト 略時ヲ同ジウシテ 天生港鎮 南方江岸ノ 敵陣地ヲ爆撃、
主力部隊 靖江突入前 同地南側敵陣地ヲ 徹底的爆撃ヲ ソレゾレ加フベシ」
三 二十四駆逐隊司令ハ 一掃 ヲシテ 06:45 発進 泊地附近ヨリ上流ノ清掃ニ任ゼシムベシ
四 特別掃海隊ハ 掃海部隊指揮官ノ 定ムル所ニ依リ 行動
長谷川長官 水路啓開を督励
八日 05:30、「保津、勢多、比良、鳥羽」 は配備に就き、陸軍部隊は予定どおり
07:00 渡河作戦を終了した。
09:22、長谷川長官は近藤指揮官に
「第一警戒部隊ハ 速カニ 南京ニ至ル 水路ヲ 啓開スベシ」 と命令した。
各隊の掃海状況(八日)
第二掃海隊はクーパーバンク西方から更に西方の水路を掃海した。
10:50 スリーツリー北方設標中の天塩丸は前方江上に管制機雷の爆発二条を認めたので、
敵トーチカ (龍潭港南西岸と推定) を砲撃した。
同隊は 19:00 まで北水道南方水路を掃海し、
巫山弧山の連結線以東の福姜沙北岸水路の掃海を完了した。
江陰下流の閉塞線は一部啓開されていたとはいえ清掃未済であったので、
第一掃海隊はまず閘門を掃海突破後、その上流付近の主隊泊地を掃海すべき旨命ぜられた。
同隊は天明時行動を開始した。閘門江底に障幸物多数あり、
掃海索を切断すること四回に及び、ようやく閘門上流入口までの掃海を完了した。
10:00 から同隊は旗艦安宅の前路を掃海して嚮導し、10:50 終了、
引続き前命令による泊地掃海を実施し、14:15ころこれを終了した。
田村一掃司令は 「泊地附近一帯ノ 掃海終了後、一掃、江風、比良、勢多ヲ指揮シ
江陰ヨリ 三江営迄ノ水路 啓開ニ任ズベシ」 との命令を受け勢多を前衛兼嚮導艦、
江風、比良を後衛兼機雷処分艦として、それぞれ前方八〇〇米及び後方一、二〇〇米に
占位させ、16:08 八掃海具を投入、進撃を開始し、同時に神川丸艦長に、飛行機による警戒を依頼した。
頭? (土+于) 港、九? (土+于) 港、青龍港、連成洲北岸敵陣地及び密集部隊から
射撃を受けたが、その都度これを反撃撃破し進撃を続行、
18:28 天申橋下流に警泊した。
(戦史叢書『中国方面海軍作戦1』462〜463p)
これは メッセージ 141 (kireigotowadame さん)への返信です.