入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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柳条溝事件は関東軍の仕業か?3

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/24 18:46 投稿番号: [1410 / 2250]
東京裁判で岡本弁護人は次のように弁論しています。


田中正明著   『東京裁判とは何か』   大手町ブックス   日本工業新聞社発行

154p


《 岡本弁護人はさらに②の奉天事件の真相にふれ、

一九三一年九月十八日に起きたいわゆる柳条溝爆破事件は、

検察側証人のいうがごとく、関東軍が仕掛けた事件ではなく、

支那軍の挑戦であり、現地軍が居留民および守備隊の危険に鑑み、

自衛のため起ちあがったものである、と述べた。



この夜   (九月十八日)   関東軍首脳は、新任の本庄軍司令官の第一回の

巡視を遼陽で終えて、旅順に帰っていた。

奉天には、東京から特派された建川中将を迎えるため、

高級参謀板垣大佐が一人派遣されていただけである。

石原作戦参謀ほか幹部全員が、旅順の宿舎で、しかも就寝時、(午後十一時)

奉天事件の第一報をきいたのである。つまり関東軍首脳の不在中に起きた事件である。



夜半軍司令官を囲み、協議した結果、

本庄軍司令官は   「本官の責任において、やりましょう」   の断をくだし、

一同軍装をととのえて、急いで奉天に帰ったのである。

奉天に到着したのは、その翌日、すなわち十九日未明であった。

この事実に照らしても、巷間噂されるように、

関東軍の陰謀ならざることは、明々白々である。》



*   事実はどうであれ、一旦事件が起きたら、事は自動的に進んでいきます。

   そして、9月26日   煕洽が吉林省独立の宣言をしました。

   柳条湖事件から、まだ一週間しか経っていないのにです。

   関東軍の工作と見るには速すぎます。

   9月下旬には、遼寧   (奉天)   省、黒龍江省、コロンバイルも独立宣言をしました。

   10月、満州各地の代表が、揃って天津に溥儀氏を訪ね、出馬を懇請、

   11月10日   清朝廃帝・溥儀   天津を脱出

   11月21日   馬占山、黒竜江省政府を樹立



   この、バタバタと進んでいく様子をどう見るかです。

   実は、これには、戦後、歴史から抹殺された満蒙独立運動が関係しているのです。

   これを外すと、よく判らないから、日本の侵略と見てしまうわけです。

   満蒙独立運動については、前に書きましたので、ここでは省略します。

   必要な方は   「411満蒙独立運動1」

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552022058&tid=ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfb faj5doc0a47a4dea47a4ga4a6&sid=552022058&mid=411
から

「443満州国の建国」までを参照して下さい。

途中、余計な書き込みがありますが   飛ばしてください。



取りあえず、今回は中国側の非道だけに集中します。

  これはアホな書き込みへの反論ですから。
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