柳条溝事件は関東軍の仕業か?2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/23 18:48 投稿番号: [1408 / 2250]
田中正明著
『東京裁判とは何か』
大手町ブックス
日本工業新聞社発行
1のつづき
164p
《 中央の指令はあくまで慎重で、準備兵力の増強要請も容れられず、
ために現地軍は訓練を重ねて、もっぱら質の向上をはかっていた、
と述べたあと、
「その頃の学良軍の行動は非常に積極的で、
われわれは必ず、向うから働きかけて来るにちがいないと考えていた。
武力衝突必至と見ていたのであって、
それは決してこちらから働きかけて行くという意味ではない。
結局は向うからわれわれの弱点に向って
ぶっつけて来るであろうという恐れをもっていたのだ。
検事は、この武力衝突必至ということを、
日本から仕掛けて行くことだと理解しているようだが、決してそうではない。
われわれ関東軍としては、その前に河本大佐事件
(昭和三年の張作霧爆死事件)
があり、
河本大佐が処罰され、軍司令官が罷免されたという前歴がある。
そのため、歴代の軍司令官が軽挙妄動を厳重に戒めていたので、
こちらからは決して手出しをしてはならぬと決定していた。
しかしその代わり、向うの方から出て来たら、
絶対にやっつけるという態度を堅持し、訓練を積んでいた」》
*
石原莞爾は、張学良軍が必ず仕掛けてくるだろうから、
それに備えた対策を想定していたんですね。
「けっして、こちらから手出ししてはならぬ決定していた」
と言っています。
もちろん、この石原証言に対して、
「どうせ命惜しさの言い逃れだろう」
という非難もあるでしょう。
しかしながら、彼は、 「何で、俺を戦犯に呼ばない!」
と
豪語しているわけですから、命惜しさの言い逃れは当たらないでしょう。
ここより、満洲事変のきっかけとなった柳条溝爆破は
関東軍以外の何者かの仕業という可能性も出てきます。
つづく
これは メッセージ 1406 (kireigotowadame さん)への返信です.
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