済南事件9 日本人居留民虐殺
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/04 18:41 投稿番号: [1369 / 2250]
児島襄著
『日中戦争1』
文春文庫
190p
《 日本人居留民のうけた被害は、掠奪された戸数百三十六、被害人員四百人、
被害見積額三十五万九千円のほかに、中国兵の襲撃による死者二人、
負傷者三十余人、暴行をうけた女性二人と記録されている。
ただし、館駅街の邦人十二人の行方がわからなかった。
裸体にされ後手に縛られて中国兵に連行されるのを見た、
という情報もあり、捜索がつづけられた。》
197〜198p
《 館駅街居留の行方不明邦人十二人については、
天津歩兵隊第六中隊が捜索していたが、中国人市民の通報によって、
同街北側の十王殿付近の膠済鉄道線路沿いの土中から死体が発掘された。
死体は、次のように酸鼻をきわめたものであった。
▽藤井小次郎 (土産物商) = 頭および顔の皮をはがれ、眼球摘出。内臓露出。
陰茎切除。
▽斎藤辰雄 (桐材商) = 顔面に刺創。地上を引きずられたらしく全身に擦創。
▽東条弥太郎(土産物商) = 両手を縛られて地上をひきずられた形跡。頭骨破砕。
小脳露出。眼球突出。
▽同妻きん = 両腕を紐帯 (しごき) で後手に縛られて顔面、胸部、乳房に刺創。
肋骨折損。陰部に棒をさしこまれていた。
▽鍋田銀次郎 (雑貨商 )= 左脇腹から右脇に貫通銃創。
▽井上国太郎 (雑貨商) = 顔面破砕。両眼を摘出して石をつめる。
上膊部に刺創、左股に貫通銃創。
▽宮本直八 (土産物商) = 胸部貫通銃創、肩に刺創数カ所。
頭部に鈍刀による切創。陰茎切除。
▽多比良貞一 (土産物商) = 頭部にトビ口様のものを打ちこまれたらしい突創。
腹部を切り裂かれて小腸露出。
▽中里重太郎 (土産物商) = 顔面壊滅。頭骨粉砕。身体に無数の刺創。右肺貫通銃創。
▽高熊うめ = 肋骨折損、右眼球突出。全身火傷。左脚の膝から下が脱落。
右脚の白足袋で婦人と判明した。
他の二体は顔面を切り刻まれたうえに肢体を寸断され、人定は不可能であった。》
208p
《 堤口部落を通過するころ夜明けをむかえ、午前六時、
同部落東北約四百メートルの日本人墓地についた。
見ると、墓の多くはあばかれ、葬儀場や火葬室も破壊されていた。
あばかれた墓の周囲は、砕かれた骨壺の破片や骨片が散乱して、
将兵はあらためて中国兵の 「暴虐」 ぶりに憤怒した。
「惨状視ルニ忍ビズ、士卒ノ敵愾心 (てきがいしん) ヲ 刺戟 (しげき)
セルコト 大ナルモノアリ」》
* この事件について、華北の有力外字紙 「京津タイムス」 は
「日本軍がいなければ外国人はことごとく殺戮されただろう」 と報じ、
英紙 「デイリー・テレグラフ」 は
「支那人は略奪と殺人を天賦の権利であるごとく、暴行を繰り返している」
「日本人の忍耐にも限度がある」 と書いています。
190p
《 日本人居留民のうけた被害は、掠奪された戸数百三十六、被害人員四百人、
被害見積額三十五万九千円のほかに、中国兵の襲撃による死者二人、
負傷者三十余人、暴行をうけた女性二人と記録されている。
ただし、館駅街の邦人十二人の行方がわからなかった。
裸体にされ後手に縛られて中国兵に連行されるのを見た、
という情報もあり、捜索がつづけられた。》
197〜198p
《 館駅街居留の行方不明邦人十二人については、
天津歩兵隊第六中隊が捜索していたが、中国人市民の通報によって、
同街北側の十王殿付近の膠済鉄道線路沿いの土中から死体が発掘された。
死体は、次のように酸鼻をきわめたものであった。
▽藤井小次郎 (土産物商) = 頭および顔の皮をはがれ、眼球摘出。内臓露出。
陰茎切除。
▽斎藤辰雄 (桐材商) = 顔面に刺創。地上を引きずられたらしく全身に擦創。
▽東条弥太郎(土産物商) = 両手を縛られて地上をひきずられた形跡。頭骨破砕。
小脳露出。眼球突出。
▽同妻きん = 両腕を紐帯 (しごき) で後手に縛られて顔面、胸部、乳房に刺創。
肋骨折損。陰部に棒をさしこまれていた。
▽鍋田銀次郎 (雑貨商 )= 左脇腹から右脇に貫通銃創。
▽井上国太郎 (雑貨商) = 顔面破砕。両眼を摘出して石をつめる。
上膊部に刺創、左股に貫通銃創。
▽宮本直八 (土産物商) = 胸部貫通銃創、肩に刺創数カ所。
頭部に鈍刀による切創。陰茎切除。
▽多比良貞一 (土産物商) = 頭部にトビ口様のものを打ちこまれたらしい突創。
腹部を切り裂かれて小腸露出。
▽中里重太郎 (土産物商) = 顔面壊滅。頭骨粉砕。身体に無数の刺創。右肺貫通銃創。
▽高熊うめ = 肋骨折損、右眼球突出。全身火傷。左脚の膝から下が脱落。
右脚の白足袋で婦人と判明した。
他の二体は顔面を切り刻まれたうえに肢体を寸断され、人定は不可能であった。》
208p
《 堤口部落を通過するころ夜明けをむかえ、午前六時、
同部落東北約四百メートルの日本人墓地についた。
見ると、墓の多くはあばかれ、葬儀場や火葬室も破壊されていた。
あばかれた墓の周囲は、砕かれた骨壺の破片や骨片が散乱して、
将兵はあらためて中国兵の 「暴虐」 ぶりに憤怒した。
「惨状視ルニ忍ビズ、士卒ノ敵愾心 (てきがいしん) ヲ 刺戟 (しげき)
セルコト 大ナルモノアリ」》
* この事件について、華北の有力外字紙 「京津タイムス」 は
「日本軍がいなければ外国人はことごとく殺戮されただろう」 と報じ、
英紙 「デイリー・テレグラフ」 は
「支那人は略奪と殺人を天賦の権利であるごとく、暴行を繰り返している」
「日本人の忍耐にも限度がある」 と書いています。
これは メッセージ 1367 (kireigotowadame さん)への返信です.