入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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第二次南京事件5 松崎医師2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/12/11 16:07 投稿番号: [1311 / 2250]
『もう一つの南京事件・日本人遭難者の記録』   田中秀雄編集・解説   芙蓉書房


38〜39p

《 後を振り向くと一人の兵士が小銃に装弾しつつ近寄ってきて

『お前たちは何国人だ』 言う。

田坂氏が   『日本人   (リーベンレン)』   と答えると、それを

『高麗人(コーリーレン)』   と間違えたらしく

『高麗人なら許すが日本人だと許さないぞ』   と怒鳴ったので、

急に高麗人すなわち朝鮮人になりすましようやく虎口を逃れた。

当時我同胞は日本人であることさえも高唱されなかったのだ。



かくて宝来館旅館の附近まで来るとその辺一帯は掠奪の最中である。

震旦大学の門内には二名の仏国宣教師が殺害され、髯から頭髪まで焼かれて

無残の死骸を横たえている。筋向いの日本小学校も掠奪されている。

二人は革命軍の暴虐に驚きながら西華門に向う途中で、

ようやく知人に支那服を借り受け、それに着替えて、とある阿片館に隠れた。



その家は草屋根の二室しかない小屋で、隣室に阿片を吸うている労働者風の

支那人の話し声がよく聞える。

『南兵はなぜ外国人を殺すのだ』

『彼奴らは俺たちの国に素手で来て、帰りには儲けて行くからだ』

『まるで泥棒だ』

『虐殺されるのは当然だ。日本領事館では鼻に針金を差し込んで、

一人残らず殺してしまったよ』



聞かされた二人は、まさかと思ったがまったく身の毛のよだつ思いをした。

そこへ突然昨年須藤医院を卒業した宣君が尋ねて来てくれた。

領事館からの依頼で方々を探し歩いたとのこと、

そして今外では二人の日本人がこの家に入ったと言うので、

二百元の懸賞で捕縛することになっているから早く逃げよとの話だ。

吃驚してそこを飛び出し二丁ほど離れた宣君の家に落ち着き、

始めて領事館の日本人の無事であることを知った。それが午後四時頃であった。



その内に江岸に当って盛んに砲声が聞える。今外国軍艦と革命軍と交戦中で、

日本軍艦二隻は沈没したとの噂が伝わって来た。

二人はお互いの運命もこれまでだと観念し、一切を認めて支那人に頼んで

蕪湖領事館に送り届けようとしたが、船便がなかったために果たさなかった。



やむなくその夜は今後を心配しつつ宣君の宅で過ごしたが、

幸いにも翌二十五日朝十時、領事館からの急便で引揚のことを知り、

ミルク、菓子などを携え領事館に駆け付けた。

当時城外に居住し、軍艦に収容されたものは左記二十四名である。(後略)》



70p

《 六月末に南京城内の被害調査に赴いた山野氏報告に左の如き一節があった。

路傍の楊樹は無心に我らを迎え山川風光昔に異ならざるも当時を回想すれば

感慨悲壮、荒廃せる我らの旧居を目睹するに及んでは只鳴咽あるのみ。

殊に惨状を呈せしは城内宝来館、須藤、栗林、松崎の三医院にしてほとんど

旧態を止めず、見る影もなく荒れ果てて床板もなき室に蓆を敷き並べ、

蒜と汗の臭気紛々たる裸体の兵士が我が物顔に昼寝せる様、唖然たるの外なく

到底再び住居とする勇気も出でざる状態なりき云々》



*   『彼奴らは俺たちの国に素手で来て、帰りには儲けて行く』『泥棒だ』

   この理屈が正しいのなら、日本に来ている中国人も襲撃されねばならない。

   何度襲われても中国に行こうとする日本の企業は、バカではなかろうか。
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