入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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第二次南京事件5 松崎医師1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/12/11 15:58 投稿番号: [1310 / 2250]
『もう一つの南京事件・日本人遭難者の記録』   田中秀雄編集・解説   芙蓉書房
36〜38p


《城内キョウ   (龍+共)   家橋にある松崎医院の院長松崎熊士氏は、

これまで同じ城内の須藤医院に副院長を勤めていたが、

今度独立することになって三月二十一日に開業した。


その夜はあたかも革命軍が南京に迫った頃で、殷々たる砲声を真近に聞きながら

開業の宴を張った。そして一人の患者も見ないうちに今回の災厄である。



同医院では二十四日午前六時、革命軍の入城を知ると同時に、

晴天白日旗と茶菓を用意して歓迎の意を表することにした。

これも凡   (すべ)   ての在留邦人と同じく革命軍を信じていたのである。


然るにその期待は見事にも裏切られた。

まもなく数名の革命軍の兵士が入って来て

『この家を司令部にするから明け渡せ』   と言う。

松崎氏は   『俺は日本人だ、お前らに貸し渡すことはできない』   と突っぱねると、

彼らは口々に   『洋鬼子々々々』   と罵りつつ金を出せと迫り、

同氏のポケットの一つ一つに手を突っ込んで、時計財布など残らず取り上げて立ち去った。



その後で松崎氏は急ぎ近所の田坂写真師に電話し、領事館に避難するため二人で

家を出で、約一里の間を革命軍に後について歩いた。

途中は格別危険もなかったが鼓楼医院の前まで来ると   『須藤理助』   とした名刺が

路上に散乱している。すぐ坂上の日本領事館では馬車や馬で盛んに荷物を運び出している。

不審だと思いながら二人とも領事館が掠奪を受けてるとは思わなかった。



正門を入るとき田坂氏だけはうまく通過したが、

松崎氏は革命軍の兵士に捉まって外套、眼鏡、現金を奪取され、

ほうほうの体で領事館に来て見ると、どの部屋もどの部屋もがらんどうだ。

そして紙片や書類などの散乱した中を革命軍の兵士が右往左往している。

赤い腕章をつけた平服の支那人が無頼漢らしい者どもを指揮して荷物を運んでいる。



裏口に抜けて領事官舎に行くとボーイがいたので、

日本人はどこにいるかと聞くと知らぬと言う。

官舎の裏手に回ると雨水タンクの上に根本少佐が仰向きに仆   (たお)   れている。

まったくの死人だ。それに一人の日本人の姿も見当たらないのと考え合わせて、

邦人全部虐殺されたと直感した。



そこで始めて危険の迫れるを感知し、根本少佐には気の毒だったが

これを打ち捨てて愴惶(そうこう)   として館内を抜け出で、

鼓楼医院の側で田坂氏にめぐり合い、

北門橋の南京写真館に行って支那服の借用を乞うたが断られ、

まったくの落人の気持ちで戦々恐々、五丁ほどを歩いたと思う頃、

突然   『止まれ』   と大喝された。》



註   : 愴惶   ソウコウ    大いに恐れ、あわただしいさま。


つづく
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