入って中国人に南京事件真相議論しましょう

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

第二次南京事件1 領事館襲撃1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/12/07 18:43 投稿番号: [1291 / 2250]
昭和元年 (1926年) 蒋介石は、他の軍閥を倒して中国を統一する為、

北伐を開始しました。そして昭和2年3月24日、国民党軍は南京に入ります。

ここで、暴虐事件が発生しました。



児島襄著   『日中戦争1』   文春文庫   61〜63p


《 領事森岡正平は、国民革命軍が入城した以上は   「十中八九危険ハ去リタ」   と判断し

・・・中国側を刺激しないようにすべきだ、と考え、荒木大尉に〝武装〟 撤去を求めた。

大尉は承知して、土のう、機銃を撤去して、正門も開いた。

午前七時ごろ、約三十人の国民革命軍兵士が訪ね、敗兵の所在を訊ねたが、

不在という返事をきくと黙って退去した。



日本人一同がますます安心していると、

約三十分後、こんどは五十人ほどの兵士が   「疾風ノ如ク」   領事館事務所に乱入して、

警察署長木村三畩の所持品を奪い、左腕に貫通銃創をおわせた。

同時に、居合せた陸軍武官根本博少佐も腰を銃床でなぐられ、

署長と少佐は領事の病室に避難した。



二人が逃げると呼笛が吹き鳴らされ、すかさず平服の女性と青年を先頭にした

兵士約二百人が、喚声をあげて領事館内になだれこんだ。

掠奪品運搬のためか、トラック、馬車、人力車までが続行した。

乱入者は、意味のない叫声やかけ声のほかに、スローガンも唱えていた。


「日英帝国主義打倒!」

「華俄(中ソ)一家!」

あるいは、中国人から奪った日本人の財産をとりもどせ、という意味の声もきこえた。

もっとも、それらスローガンの叫びは、少数の指導者のものらしく、乱入者の大部は、

金をだせ、かくすと殺すぞ、といった表現をくり返しては、館内をわれがちに物色した。



領事森岡正平は、荒木大尉を自室に呼んで頼んだ。

「気ノ毒乍ラ   各兵ノ階級章   及帽子ノ如キ標識ヲ   一時取り去ラレ度」

領事の報告によれば、荒木海軍大尉と水兵十人は官邸北側の   「ボーイ」   室に

退避していたが、館内の避難邦人の間から、大尉たちの軍装が中国側を

刺戟   (しげき)   する恐れがある、との意見が出たので、

領事も   「右ハ不得己   (やむをえざ)   ル要求」   と判断して、大尉に要請した、という。



荒木大尉は、血相を変えた。

国家と国民を外敵から守るのが、軍人の本務である。

いまや、準日本領土である領事館と日本国民がおそわれている。

それなのに、戦うな、というだけでなく、軍装も解け、と領事は、いう。

軍人が軍装を解かれるのは、退官の場合を除けば、 「敵ノ軍門ニ下ル」   か、

犯罪行為により軍籍を剥奪されるとき以外にはない。



一戦もこころみずにそのような   「恭順」   姿勢を示すのは、

軍人としてはあまりにも不名誉である。

いや、その種の   「度ヲ過ゴシタル無抵抗主義」   は、相手の自制心をさそうどころか、

かえって増長心を刺戟して暴行を激化させるのではないか……。

荒木大尉は、しかし、 「在留民ノ生命ガ   風前ノ灯火ニモ   比スベキ時」   だから、と

病床に深々と頭をたれる領事を凝視すると、とっさに承知した。》


つづく
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)