◆歴史の真実 植民地の解放
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2011/12/04 12:20 投稿番号: [1257 / 2250]
第二次世界大戦後の世界の大きな流れの一つが、世界各地の植民地解放運動である。そのきっかけが日本の大東亜戦争であった。
東南アジアにおける英米仏蘭の植民地は、日本軍の占領によって白人支配から解放され、新国家の建設が始まったのである。日本が負けると、白人は一時的に植民地に戻ってきたものの、もはや過去のように支配を続けていくことはできなかった。
日本の戦いぶりに励まされ、民族意識、国家意識に目覚め、そして日本人によって国家運営の訓練を施されていた諸民族は、もはや白人支配に甘んじることはなかった。かくして東南アジアでは独立戦争が展開され、この新しい時代の潮流は、地球上の植民地に拡散していった。その結果として、敗戦国だけでなく戦勝国だったはずの列強も、次々と植民地を手放さざるを得なくなった。
もちろん大東亜戦争の目的は「東亜の解放」だけではない。しかしアジアから列強勢力を駆逐し、諸民族と共存共栄を図らなければ、日本の国家としての生存権は守り難いとの認識は国民に一般的だった。そこから生まれたのが大東亜共栄圏の構想であり、それを実現するために「東亜の解放」が必要不可欠だと考えられたのだ。
<日本軍によって白人世界帝国が終焉した事実>
・東南アジアの抵抗運動には、白人と提携していた華僑の反抗もあったし、日本の敗色が濃いと見て、イギリス側に寝返ったビルマ軍の例もあった。日本軍を「支配者」というなら、たしかに支配者として君臨していたし、当然のことながら統制も行い、作戦遂行中ゆえ、軍事的にも動員も行った。アジアの防衛戦争を継続中なのだから、独立を与えてすぐさま撤退するなどできるはずがない。
日本人は、実直すぎる民族で、外交が下手である。東南アジアの住民は、歓迎の熱が冷めれば、厳格な日本軍は「嫌な存在」に変わったことは想像に難くない。しかし長く付き合えば無二の友邦にもなったであろう。そもそもわずか3年にも満たない進撃、占領期間で、前記も後期もあるまい。
中国にいたっては、1951年に、「農奴解放」を大義名分に人民解放軍がラサに入り、チベットを軍事占領した。1959年には反中国暴動が発生しているが、いまだに占領は解かれていない。
それに対して日本は、わずか3年足らずの間で、東南アジアの住民に近代国家のあるべき姿を教育し、次々と政府を樹立させていった。
アジア諸国の独立は、やがて連鎖的にアフリカ植民地の独立をも誘発する。日本の植民地解放戦争は、白人世界帝国解体への起爆剤となったのだ。
アメリカのJ・C・レブラ『東南アジアの解放と日本の遺産』
「日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということを、イギリス、オランダは戦後になって思い知ることになる」ー東南アジア全域の独立運動について、日本軍占領期間中に身につけた自信、軍事訓練、政治能力が、西洋植民地支配に対抗する決定力になったことを指摘している。
A・トインビー
「アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間、信じられてきたような不敗の神でないことを、西洋人以外の人種に明らかにした」−日本人が歴史に残した功績である。
パラディ・デサイ博士(インド法曹界の長老)1947(昭和22)年
「インドはまもなく独立する。この独立の機会を与えてくれたのは日本である。インドの独立は日本のおかげで三十年も早まった。インドだけでなく、ビルマもインドネシアもベトナムも、東亜民族はみな同じである。インド国民はこれを深く心に刻み、日本の復興には惜しみない協力をしょう」
東南アジアにおける英米仏蘭の植民地は、日本軍の占領によって白人支配から解放され、新国家の建設が始まったのである。日本が負けると、白人は一時的に植民地に戻ってきたものの、もはや過去のように支配を続けていくことはできなかった。
日本の戦いぶりに励まされ、民族意識、国家意識に目覚め、そして日本人によって国家運営の訓練を施されていた諸民族は、もはや白人支配に甘んじることはなかった。かくして東南アジアでは独立戦争が展開され、この新しい時代の潮流は、地球上の植民地に拡散していった。その結果として、敗戦国だけでなく戦勝国だったはずの列強も、次々と植民地を手放さざるを得なくなった。
もちろん大東亜戦争の目的は「東亜の解放」だけではない。しかしアジアから列強勢力を駆逐し、諸民族と共存共栄を図らなければ、日本の国家としての生存権は守り難いとの認識は国民に一般的だった。そこから生まれたのが大東亜共栄圏の構想であり、それを実現するために「東亜の解放」が必要不可欠だと考えられたのだ。
<日本軍によって白人世界帝国が終焉した事実>
・東南アジアの抵抗運動には、白人と提携していた華僑の反抗もあったし、日本の敗色が濃いと見て、イギリス側に寝返ったビルマ軍の例もあった。日本軍を「支配者」というなら、たしかに支配者として君臨していたし、当然のことながら統制も行い、作戦遂行中ゆえ、軍事的にも動員も行った。アジアの防衛戦争を継続中なのだから、独立を与えてすぐさま撤退するなどできるはずがない。
日本人は、実直すぎる民族で、外交が下手である。東南アジアの住民は、歓迎の熱が冷めれば、厳格な日本軍は「嫌な存在」に変わったことは想像に難くない。しかし長く付き合えば無二の友邦にもなったであろう。そもそもわずか3年にも満たない進撃、占領期間で、前記も後期もあるまい。
中国にいたっては、1951年に、「農奴解放」を大義名分に人民解放軍がラサに入り、チベットを軍事占領した。1959年には反中国暴動が発生しているが、いまだに占領は解かれていない。
それに対して日本は、わずか3年足らずの間で、東南アジアの住民に近代国家のあるべき姿を教育し、次々と政府を樹立させていった。
アジア諸国の独立は、やがて連鎖的にアフリカ植民地の独立をも誘発する。日本の植民地解放戦争は、白人世界帝国解体への起爆剤となったのだ。
アメリカのJ・C・レブラ『東南アジアの解放と日本の遺産』
「日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということを、イギリス、オランダは戦後になって思い知ることになる」ー東南アジア全域の独立運動について、日本軍占領期間中に身につけた自信、軍事訓練、政治能力が、西洋植民地支配に対抗する決定力になったことを指摘している。
A・トインビー
「アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間、信じられてきたような不敗の神でないことを、西洋人以外の人種に明らかにした」−日本人が歴史に残した功績である。
パラディ・デサイ博士(インド法曹界の長老)1947(昭和22)年
「インドはまもなく独立する。この独立の機会を与えてくれたのは日本である。インドの独立は日本のおかげで三十年も早まった。インドだけでなく、ビルマもインドネシアもベトナムも、東亜民族はみな同じである。インド国民はこれを深く心に刻み、日本の復興には惜しみない協力をしょう」