検証・虐殺の背景にあった惨酷な戦争心理
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/04 10:01 投稿番号: [1247 / 2250]
11月11日付の第三師団歩兵第六聯隊第二大隊の攻撃計画は、
大隊長から将兵に対して
次のように命じるものとなっていた。
「一般ノ領民ハ総テ城内ニ避難シアルヲ以テ城外ニ在ル一切ノ者ハ
敵意ヲ有スルモノト認メ之ヲ殲滅ス」
「掃蕩ニ方リテハ家屋ヲ焼却スルヲ便トスルヲ以テ之ガ材料ヲ準備
スルコト」
つまり、城外にいる一切の人間を「敵意を有する」
者と見なして
これを
殺害したうえ、家屋を焼き払うことを
命じていたのだ。
それでなくとも
日本兵は、中国軍の予想以上に頑強な抵抗により
苦戦を強いられ、味方に多数の犠牲者がでたことで
中国人に対する
憎悪と敵愾心にあふれていた。
そのうえに、こうした命令が下った。
さらに
後方補給のないまま
強引な物資の「現地徴発」
を重ねて
追撃していくなかで、兵士が人間性を保つのは
不可能になっていた。
もともと、「支那住民ハ老人、女、子供ト雖モ
敵ノ間諜ヲ勤メ」
ているのだと刷り込まれ、一切の区別なく
敵と見なし、
民家も焼き払え
と命じられれば、極限状態にあった兵隊たちが
どのような行動を
とったかは、想像するに難くない。
その第一線部隊の後方にも、大量の軍隊が
進軍していった。
道路や橋が破壊されていたため、馬や車両をもつ部隊の前進は
各地で
とどこおり、行李や輜重、砲兵や通信隊などの特科部隊は、
後方から
第一線を
追いかけることになったのだ。
また、上海戦での損害も大きかったので、各隊には
次々と補充員が
送られた。
この補充員たちが、各隊ごとに
先任者の引率で
第一線を追いかけるので、これも
後方の混乱の原因になった。
こうして
上海から南京に続く
江南の平地は、第一線の通過後も
雑多な日本軍部隊が長期間、広範囲に、まるでイナゴの大群のように
「現地徴発」を繰り返しながら
進んでいった。
第一線部隊が通りすぎ、避難していた住民が
集落に戻ったあとに、
三三五五と
またやって来た日本兵に、殺されたり強姦されたりした
例が多いという
中国側被害者の多数の証言があるのは、
このためであった
と考えられる。
一般市民の被害の状況を
全体として明らかにするのは
難しい。
兵士の日記や
証言などに、個々の掠奪や
殺害の記録があるが、
加害者である日本軍が
まとまった記録を残しているわけがない。
事件の実態解明は、断片的な記録資料を、丹念に
発掘・整理して
全容をあきらかにする地道な努力を続けていくほかないのだ。
これは メッセージ 1246 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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