検証・南京虐殺は組織的な犯行なのか(3)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/03 21:49 投稿番号: [1235 / 2250]
このほかにも、軍や師団が
捕虜の処分を命令または指示し、
組織的な殺害が行われていたという記録は、数多く存在する。
派遣軍司令部情報主任参謀で方面軍参謀を兼ねていた中佐が、
捕虜をどうするかという師団からの問い合わせにたいして、
くりかえし「ヤツチマエ」と命令していたという記録もある。
これは、当時
方面軍司令の専属副官だった
少佐の証言だ。
南京虐殺否定説を振り回す連中は、こうした
数々の証言を、
すべて
捏造だ、ウソだ、などと
否定しようとするだろう。
しかし、前述に引用した
陸軍次官通牒や
各種戦闘詳報など
日本軍が残した文書には、これらの証言を
裏付けるように、
日本軍の中国軍兵士への認識や対処方針などが示されており、
資料的価値は
十分にあるものばかりだ。
軍や師団の幕僚が
捕虜の殺害を指示していたという証言には、
次のような例もある。
これは、上海派遣軍の
右翼を進んだ
独立攻城重砲兵
第二大隊第一中隊の
中尉による証言であり、
12月14日仙鶴門鎮付近で大部隊を捕虜にしたさいの状況だ。
捕虜の数は約一万でしたが、早速軍司令部に報告したところ
「直ちに銃殺せよ」
と言ってきたので拒否しましたら
「では中山門まで連れて来い」と命令されました。
(中略)
「直ちに銃殺せよ」とは、一体誰が決定し、誰が命令を下した
のか。
当時、私の胸が痛かった印象は、従軍中はもとより
今日に至るまで、私の脳裡から離れません。
(畝本正巳「証言による『南京戦史』(5)」)
師団副官が捕虜を殺せと指示したという
歩兵第三十八聯隊副官の
次の証言もある。
聯隊の第一線が、南京城一、二キロ近くまで近接して、
彼我入り乱れて混戦していた頃、師団副官の声で、
師団命令として「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」
と電話で伝えられた。
(中略)
部隊としては実に驚き、困却しましたが命令やむを得ず、
各大隊に下達しましたが、各大隊からは、その後何ひとつ
報告はありませんでした。
降伏を受け入れるな。処置せよ――
これが師団命令だった。
武器を捨てて降伏して来る者は、捕虜として戦時法に基づき
処遇しなければならない、という国際的常識を無視したのだ。
もとより『陸戦ノ法規ニ関スル条約』を『適用シテ行動スル』
ことは、『適当ナラズ』
という考え方が根本に存在していた。
違法な殺害を
命令することには、特に
逡巡はなかったのだ。
これは メッセージ 1234 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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