入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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大正15年中国糾察隊の横暴

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/12/03 14:05 投稿番号: [1230 / 2250]
『もう一つの南京事件』   日本人遭難者の記録
田中秀雄編集・解説


97〜99p

《 大正十五年十一月、漢口においては日本人使用のボーイ、阿媽   (女中)   などの

罷業と暴動事件が起こった。

九月、国民革命軍が武漢の地を占領する前後から、国民革命軍側では

盛んに労働者を煽動し、埠頭人足   (碼頭苦力)   人力車夫、工場職工、

賃仕事職人らは固   (もと)   より、商店員、小僧から便所掃除夫に至るまで

団体をこしらえてやり、これを何々工会と称し、

爾来一二ケ月の間に会数二百数十、人員二十万を唱うるに至った。



しかしてこれらの団体を統ぶるに総工会があり、

共産党内で相当顔ぶれの者がその牛耳を握り、

場合によりては国民政府と相拮抗しかねまじき気勢を形成した。

・・・・

これだけの勢いを成すについては、見逃すべからざる一つの力がある。

それは総工会がこしらえた糾察隊である。



兵士と職工の合いの子のような服装で六尺棒を持たしてある。

表面の任務は労働者の取締りと罷工運動の逸規行動を制御するということに

なっているが、その実は内部的には労働者の工会参加を強要し、

散逸を防遏   (ぼうあつ)   し、外部的には罷業運動を指導し、

場合によりては工場側に対する脅迫暴行の先鋒を為すものである。

・・・


日本租界においては、在留邦人が大して気にもとめない間に

使用人、すなわちボーイ、阿媽などの工会ができた。

これは外国人関係であるというので洋務工会と称せられ、

租界に隣接した支那街三元里に事務所ができ、常任委員が詰めきって事務を執る。

それに我々をして目をそばだてしめたのは、洋務工会で毎日早朝にボーイらを集め

兵式調練をやることであった。



これは全部に強要するのではなかったが、それに参加しておけば

出世ができるとでも聞かされたのか大分隊員ができたようであった。

こうしてボーイらの結束と反抗機運を煽りつつあったが、

果然、十一月半頃に至り洋務工会の名を以って日本領事館を介し、

使用支那人の給金値上げを要求してきた。

日本側でこれを容れなければ全部の罷業を断行する旨が付け加えられてあったのは

言うまでもない。



しかもその回答期間は三日以内という横着きわまるものであった。

彼らの要求条件なるものに至ってはまったく人を食ったものである。

曰く、毎人七元を増給せよ   (従来はボーイ一人の月給は六七元内外だ)

一年三週間の休暇の外、毎月二回の休日と紀念デーは休業せしめよ、

端午節と中秋節には一ケ月分の給料を賞与せよ、薬代を払え、

住宅水道電燈を支給せよ、曰く何、曰く何。



北京、天津、満洲などに居住せる日本人には想像もつかないほどの横着さである。

在留邦人側では居留民大会を開いたり交渉委員を挙げたりしている内に、

工会側では罷業を決行した。先に述べた糾察隊活躍横行の日が来た。》


注 :   罷業とはストライキの事


つづく
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