◆台湾における日本人の評価「公」と「私」
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2011/12/02 04:18 投稿番号: [1217 / 2250]
司馬遼太郎は言う。
身もふたもなくいえば、歴朝の中国皇帝は私で、公であった
ことがない。その股肱(てあし)の官僚もまた私で、たとえば
地方官の場合、ふんだんに賄賂をとることは自然な私の営みだ
った。このため近代が起こりにくかった。
台湾にやってきた蒋介石の権力も、当然私であった。一方、
勝者になった毛沢東の権力も、多分に私だった。毛沢東の権力
が私でなければ、プロレタリア文化大革命などという私的ヒス
テリーを展開できるわけはないのである。・・・
歴朝の私が人民にとって餓えた虎であり続けた以上、ひとび
とはしたたかに私として自衛せざるをえなかったのである。
李登輝総統の願いは「夜、安心して眠れる国にしたい」というこ
とであった。その願いの背後には、「夜にろくろく寝たことがなか
った」という蒋介石時代と、「夜寝るときも鍵をかける必要がなか
った」という日本統治時代の二つの体験が潜んでいる。[5,p376]
民衆が夜安心して眠れるよう、「公」のためにつくす政治家や官
僚、警官、軍人がいて、初めて近代国家は成り立つのである。
日本の台湾統治がいかに台湾に近代化をもたらしたかこれでよく理解できたと思います。
●どこかのうす汚れが、無知なのか本当に馬鹿なのか知らないがひたすら日本を貶めよだけの嘘と捏造まみれの投稿を繰り返しているが賢明なる日本人はくれぐれも騙されないで欲しい
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