Re: 南京虐殺事件否定派の見苦しい曲解5
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/12/01 20:30 投稿番号: [1197 / 2250]
下関の死体
そりゃあるわな、
そこは、12日に中国軍が脱走しようとして、
その時の同士討ちで死体の山ができているから。
船を得ようとしても、船はすでに無くなっている。
小舟に大勢が集中し、殺し合い、顛覆で死体が大量に流れた。
兵隊の中には、女子供もい、かつ便衣で逃げているから、
あとから来た日本人が女子供を殺したのかと勘違いしても仕方ないわな。
一般の民間人は安全区にいて、城門の外に出してもらえなかった。
ラーベですら、簡単にはでられなかった。
連中が殺し合い、火をつけ、黒焦げの死体ができても、何の不思議もない。
翌日朝、佐々木隊がそこに来た。
しかし、既に死体の山があったと報告していないから、
手柄話を創作し、戦果に計上した可能性がある。
また、川に流れる漂流者や死体に銃撃して戦果にした。
そのあと、第6師団が揚子江を北上して下関にくる。
同じ死体を見て戦果にする。
海軍も、同じ漂流者や死体に銃撃して戦果にする。
つまり、彼らの戦果は三重に重複している。
本当は、中国軍の同士討ちによってできたものだが。
同じ死体を後から来たものは、日本軍がやったと、勝手にきめつけてしまう。
そして、大虐殺があったのだと、想像をしてしまう。
松井大将の副官
角良晴もその一人。
太平門でも、脱出の時の騒乱で大量の死者がでている。
それも日本軍の戦果に入れているだろう。
最初に発見したものの役得で。
ずっと後に来た者は、全部日本軍がやったと錯覚する。
そして、戦後、大虐殺があったと証言する。
そんなものだよ。
これは メッセージ 1194 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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