入って中国人に南京事件真相議論しましょう

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

南京虐殺事件否定派の見苦しい曲解(2)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/01 19:43 投稿番号: [1191 / 2250]
「捕虜はせぬ方針なれば   片端より之を片付くる」ことにしたが
「これを片付けるには   相当大なる壕を」   必要とした   という
記述を、先入観なく   素直に解釈すれば、「殺害方針」と見る方が
妥当である   と思える。
これに対し、東中野教授は苦し紛れに   以下の解釈を打ち出した。

   「処理」というのを、「銃殺」   のような響きで解釈するのも
   ちょっとおかしい。   参謀将校の話によると、あのあたりでは
   土を掘った壕があったので、   「処理」というのは、その壕に
   捕虜を入れて監視保護するというニュアンスだったとのこと
   (『諸君!』2001年2月号   P140)

ニュアンスだった   というが、しかし、実際に   現場の兵士たちが、
「壕に捕虜を入れて監視保護」したなどという記録は   存在しない。
この   東中野教授の強引な解釈は、到底   説得力を   持ちえない。
むしろ、「壕」が   「死体処理」の場であったことを示す   資料が、
多数   存在しているのだ。   その一例を   以下に紹介しよう。
   
  (第二野戦高射砲兵司令部副官の証言)
   「二千の虐殺死体」とかいわれておりますが、門の外側で
   見ましたのは千にも足らなかったと思います。一部の死体は
   人に踏みつけられ、気の毒な状態でしたが、この人たちは、
   紫金山の戦闘に敗れて城内に逃げ込まうとしたか、あるいは、
   城内から脱出しようとしたかは判らないが、太平門まで来て
   やられたのではありますまいか。
   ここには門外に深い大きな壕があり、この壕の中に死体が
   入れられて、土で覆われていました。  
   門の正面で   城壁の曲折部の下方には、一〇〇近い死体が
   土もかけずにありましたが、これは爆弾を投げられたよう
   でした。
  
  (歩兵第九連隊中隊長の証言)
   十三日右側支隊の紛戦救援のため急派され翌十四日歩九に
   復帰する途中   太平門外を南進するとき地隙内に   かなり
   多くの中国兵の死体が集められていたのを見た。

  (歩兵第三十旅団長の手記)
   守将が逃げた後にのこされた支那兵ほど   みじめな存在はない
   のである。彼らに戦意の程がありや無しやは自明の理であるが、
   彼らにはもはや退路がなかったので死にもの狂いに抵抗したの
   である。
   敗残兵といえども尚部落山間に潜伏して狙撃をつづけるものが
   いた。   したがって抵抗するもの、従順の態度を失するものは
   容赦なく即座に殺戮した。   終日各所に銃声がきこえた。
   太平門外の   大きな外壕が   死骸でうずめられてゆく。
 
以上の証言から、「大なる壕」は、そのまま   死体処理の場と考えて
何の不審もない。東中野解釈は、あまりにも不自然で強引に過ぎる。
都合のよい推論ばかりが元になって展開される   南京虐殺否定論は、
ほとんど   読解力不足か   意図的な得歪曲   といって過言ではない。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)