大正時代の第一次南京事件2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/12/01 18:54 投稿番号: [1188 / 2250]
〔大正2年9月5日
大阪毎日〕
北軍、また日本人を殺害
大掠奪、大虐殺「上海来電四日発〕
当地に達せる信憑すべき報によれば、
南京に進入せる北軍の暴逆無道はその極に達し、
武装なき南軍の新募兵の半ばは虐殺され、
掠奪隊のため市民の惨殺さるるものまた尠
(すく)
なからず。
貧富の別なく、城内の民家にして掠奪を免れたる者一もあるなし。
掠奪品は城内三千の人力車を徴発し、人夫を雇いてこれを曳
(ひ)
かしめ、
凱歌を奏して城外に在る司令部に運搬し、門前山をなせりと。
富める者は既に避難せるも、中流以下の者は自ら掠奪するため掠奪隊の
手先に使われ、竹竿にて運搬せしめらる。
最もはなはだしきは白昼路傍に於いて婦女の強姦せられたる事あり。
更に最も哀しむべきは、さきに惨殺されたる日本人三名の外、
二日朝、惨殺されたる邦人一名、行方不明の邦人数名あり。
南軍退却の今日北軍の犯せる掠奪状態は今や蔽
(おお)
うべからざるがごとく、
かかる不規律なる軍隊の行動は現代において見遁すべからざる罪悪なりとて、
内外人等しく憤慨せり。
これ一日、二日の概況なるが、三日に至りやや沈静の状あるも、
大体に於いて前日と異なるなし。張勲は四日入城のはずなり。
〔大正2年9月5日
大阪毎日〕
北軍、南京城占領
南軍全敗
〔南京来電二日特派員発上海経由〕
昨夜来南門内外及び雨花台を固守せし南軍は、二日午後に至りてついに敗れ、
赤旗翩翻
(へんぽん)
たり。ここに於いて北軍は、南京城全部を占領せり。
下関焼失
昨夜の火災にて、城外下関は全部焼失せり。
北軍兵の兇暴
北軍の暴行はその極に達し、支那人の住居は更なり、
日本居留民の住居もまた一軒として掠奪せられざるはなく、外国人も数戸掠奪に遭い、
その贓品は隊長指揮の下に兵卒、苦力
(クーリー)
を督して一カ所に収容しつつあり。
かつ白昼公然婦女を強姦し、ほとんど長髪賊以来かつて見ざる所にして、
内外人ともに憤慨措かざる所なり。
*
この記事では強姦も加わっています。
前日の日本人殺害のほかに二名の被害者が加わっています。
これは メッセージ 1187 (kireigotowadame さん)への返信です.
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