入って中国人に南京事件真相議論しましょう

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

日本軍兵士が目撃・体験した南京事件(4)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/01 01:28 投稿番号: [1184 / 2250]
なぜ、南京においては、大規模な   虐殺行為が、組織的に
行われたのか。   その背景には、もともと   日本軍の中に
中国人に対する侮蔑の感情、差別的意識が   存在していた
という実態があったからだ   と思う。
たとえば   敗戦後の山西省残留問題を告発した「蟻の兵隊」
という本が   ある。

「蟻の兵隊」の著者は、奥村和一という   元日本兵だ。
奥村は、早稲田大学附属早稲田専門学校在学中に徴兵され、
直ちに   中国山西省に   派遣されることになる。
そこで、初年兵教育を   3か月受けるが、最後に
「刺突訓練」と称される   「肝試し」を命じられる。

それは、軍服を着ていない   中国人の   処刑であった。
しかも、処刑は   銃殺ではなく   銃剣刺殺だった。
殺人をためらう初年兵は   急所を外すため、
処刑者は   生殺し状態が長く続く   悲惨なものだった。
初年兵の「肝試し」   として行われた   中国人の殺害は、
捕虜の人道的処遇を定めた戦時法に違反する犯罪だった。
 
虐殺事件の背景には、幕僚層の国際感覚の欠如とモラル低下
だけではなく、日本軍内部の   軍紀風紀の頽廃があった。
また、戦争の拡大と   軍隊の大量動員が、軍の素質の低下を
もたらしたうえに、それにともなって   軍の規律が   ゆるみ、
軍紀風紀が乱れたことが、犯罪非行続出の   原因となった。

大量虐殺は、軍の組織的行為での   捕虜殺害や敗残兵狩りが
原因であることは勿論だが、軍紀の乱れから兵士個人による
行為によって起こった場合も多出したことが、いっそう事件
大きくした。

この点は   軍上層部でも   認めており、南京事件が国際的な
非難を浴びたのを受け、南京占領直後の38年1月4日付で
参謀総長は中支那方面軍に、次のような要望を行なっている。

   顧ミレバ皇軍ノ奮闘ハは半歳ニチカシ   其行ク所
   常ニ必ズ赫々タル戦果ヲ収メ我将兵ノ忠誠勇武ハ
   中外斉シク之ヲ絶賛シテ止マズ   皇軍ノ真価愈々
   加ルヲ知ル然レ共一度深ク軍内部ノ実相ニ及ベバ
   未ダ暇謹ノスクナカラザルモノアルヲ認ム就中
   軍紀風紀ニ於テ忌々シキ事態ノ発生近時漸ク繁ヲ見
   之ヲ信ゼザラント欲スルモ   尚疑ハザルベカラザル
   モノアリ
   惟フニ一人ノ失態モ全隊ノ真価ヲ左右シ   一隊ノ
   過誤モ遂ニ全軍ノ聖業ヲ傷ツクルニ至ラン
   (中略)
   遡テ一般ノ情特ニ迅速ナル作戦ノ推移或ハ部隊ノ
   実情等ニ考ヘ及ブ時ハ森厳ナル軍紀節制アル風紀ノ
   維持等ヲ困難ナラシムル幾多ノ素因ヲ認メ得ベシ
   従テ露見スル主要ノ犯則不軌等ヲ挙ゲテ直ニ之ヲ
   外征部隊ノ責ニ帰一スベカラザルハ克ク此ヲ知ル
   然レ共実際ノ不利不便愈々大ナルニ従テ益々以テ
   之ガ克服ノ努力ヲ望マザルヲ得ズ(後略)
   (中支那方面軍参謀長「軍紀風紀ニ関スル件通牒」)  

参謀総長から   このような要望がでたことは、異例だった。
それだけ在中国軍の軍紀風紀の頽廃が、軍中央部にとって
頭の痛い問題だったのだ。
同じ内容の要望は   北支那方面軍にも出されているが、
これは軍紀風紀の粛正が、この時期の   日本陸軍にとって、
大きな問題であったことを   示している。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)