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米英軍の残虐

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/11/30 18:37 投稿番号: [1178 / 2250]
http://www.tamanegiya.com/tutiyayasuo21.12.12.html
より引用


《 <昭和十八年十一月二十七日、ニュー・アイルランド島カビエン西方チンオン島沖で、

ラバウル野戦病院からの傷病兵千百二十九名を乗せた病院船

「ベノスアイレス号」(九六二五トン)   は、米軍B24に爆撃され撃沈する。

患者、看護婦、乗組員は十六隻の救命ボートと発動機艇二隻で漂流するが、

十二月一日、同じくB24に発見された、


この時、漂流中の乗員はB24に対してオーニング上に赤十字を表示したが、

容赦なく機銃掃射を加えられ、看護婦を含む百五十八名が戦死している。



昭和二十年四月七日、軽巡   「矢矯」(六六五二トン)   の測的長として

戦艦   「大和」   の沖縄水上特攻作戦に参加した池田武邦大尉   (海兵七二期)   も、

同様に米軍の不法行為をこう証言している。


「乗艦沈没後洋上を漂流したが、米軍艦載機の執拗な銃撃を受けた。

敵パイロットのゴーグルがはっきり見えるぐらい肉迫攻撃を何度も受けた」>


以上二つの史実は   「敵兵を救助せよ」(恵隆之介   草思社   平成十八年)   P二四三 より



そして、英軍は

<「川沿いの道に移送を待っていた重傷者三十人の担架が見えた。

グルカ兵が数人、容器に入れた水を担架にかけていった。

焼けつくような日差しだった。

おそらく傷病兵のために冷たい水をかけてくれたのだろうと思った。

次の瞬間、担架が燃え始めた。

見る間に黒煙が上がり辺りは火の波となった。彼らがかけたのはガソリンだった」



インパール戦においての昭和十九年六月二十二日第十五師団栃平主計曹長の証言

同じく六月二十二日、インパールのミッションヒルで島田上等兵は英軍戦車隊が

日本軍野戦病院を砲撃後、英印軍兵士が這って逃げた傷病兵を道路に並べ、

英軍士官が検分する。

将官クラスは尋問するのかインド兵にトラックに運ばせた。選別が終わると

「路上に残った傷病兵にガソリンがかけられ、燃やされた。その悲鳴が聞こえた」>


「WiLL   7月号別冊   歴史通」(ワック出版   平成二十一年七月)P二百一 》



*   赤十字船を攻撃し、漂流者を救うのではなく攻撃している。

   また、傷病兵にガソリンを掛けて焼き殺している。

   南京で日本軍が捕虜を処刑して、まだ死なないうちにガソリンをかけて

   焼き殺したとか、反日連中は言ってるが、

   英軍も生きたまま日本兵を焼き殺している。

   同じではないか。

   どこに、日本軍を特別扱いする理由がある。
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