◆いまだに「ラーべの日記」とは笑わせる③
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2011/11/29 19:41 投稿番号: [1172 / 2250]
ラーベは1937年12月17日の日記に、「昨晩、1000人近くの女性、少女が強姦されたと言われている。金陵女子大学の学生だけでも100人が強姦された」と書きました。また金陵女子大の教授ミニー・ヴォートリン女史はその日、「ああ神よ、野獣のような日本兵らの蛮行を止めてください」と書いています。ジェームズ・マッカラム医師も、12月19日の日記にこう書きました。
「これほどの残虐は、聞いたことがなく、読んだこともない。強姦! 強姦! 強姦! 我々の見積もりによれば、一晩に1000人が強姦され、そうしたことが毎日ある。反抗すれば銃剣で刺されるか、撃ち殺されるだろう。…人々はヒステリックになっている。女性たちは毎朝、毎日、毎夜、連れ去られる。日本兵たちは、気のおもむくまま出入りし、好き勝手に行動しているようだ」
しかし、これらの強姦事件は、実際にラーベ、ヴォートリンやマッカラムが自分の目で目撃したことかというと、そうではありません。『言われている』「見積もりによれば」とか「〜しているようだ」と書かれていることからもわかるように、いずれも伝聞なのです。犯人が「日本兵だった」、というのも伝聞です。委員会のメンバーたちが記した強姦事件は、ほとんどが中国人から聞いたものでした。
そしてこれらの日記が記されてから約2週間後、南京で強姦を繰り返していた中国兵らが、日本の憲兵によって逮捕されます。アメリカ人教授たちのもとでかくまわれ、避難民キャンプで2番目の地位を与えられていたこの中国兵らは、強姦を犯しては、「犯人は日本兵だ!」と言いふらしていました。ニューヨーク・タイムズが報じたように、彼らが逮捕され、それを自白したとき、アメリカ人教授らは「心底から当惑した」のです。
また大阪朝日新聞が報じたように、2月になると、「日本語に巧みで・・・日本人を装い・・・通訳の腕章を偽造してこれをつけていた」中国兵らが逮捕されました。彼らも、日本人になりすましては強姦等、暴行を繰り返していました。そして彼らが逮捕されてのち、強姦事件等はほとんど見られなくなりました。
このように、南京の西洋人らが非難した「日本軍の暴行」の多くは、じつは民間人の服を着て隠れていた中国兵によるのしわざだったのです。実際、マッカラムの1938年1月8日の日記にこんな記述があります。マッカラムは、ある中国人避難民が、
「強姦や略奪、放火などは日本兵がやったのではなく、中国兵がやった。それを証明できる」
と言うのを聞いた、と書いているのです。安全区にいた避難民たちの中には、そこで起きていた強姦や、略奪、その他の事件の多くは、じつは中国兵らによる反日撹乱行為であることを知っている者たちもいたわけです。
しかし、詳しい検証もせず、うわさをそのまま信じ込んでいたのが、委員会のメンバーたちでした。彼らはそのために、南京には「日本兵の暴行があふれている」と思い込んでいたのです。これについて竹本忠雄、大原康男・両教授も、こう書いています。
「安全区に設けられた19カ所の難民収容所の責任者は、婦女子ばかり4000名を収容した金陵女子文理学院をミニ・ヴォートリン女史が務めたほかは、すべて中国人であった。当然のことながら、この難民収容所の治安維持は中国人たちが担当したが、その責任者を何と、市民に偽装した中国軍将校が担当しているケースもあった。そして強姦事件の多くは、安全区委員会が設置した『難民収容所』で起こっており、『難民収容所』が解散した1938年2月以降、そうした強姦事件は起こっていない。難民収容所の責任者たちが主張した『日本軍兵士の犯罪』を額面通り受け取ることは、きわめて危険だと言えよう」(再審「南京大虐殺」世界に訴える日本の冤罪)
「これほどの残虐は、聞いたことがなく、読んだこともない。強姦! 強姦! 強姦! 我々の見積もりによれば、一晩に1000人が強姦され、そうしたことが毎日ある。反抗すれば銃剣で刺されるか、撃ち殺されるだろう。…人々はヒステリックになっている。女性たちは毎朝、毎日、毎夜、連れ去られる。日本兵たちは、気のおもむくまま出入りし、好き勝手に行動しているようだ」
しかし、これらの強姦事件は、実際にラーベ、ヴォートリンやマッカラムが自分の目で目撃したことかというと、そうではありません。『言われている』「見積もりによれば」とか「〜しているようだ」と書かれていることからもわかるように、いずれも伝聞なのです。犯人が「日本兵だった」、というのも伝聞です。委員会のメンバーたちが記した強姦事件は、ほとんどが中国人から聞いたものでした。
そしてこれらの日記が記されてから約2週間後、南京で強姦を繰り返していた中国兵らが、日本の憲兵によって逮捕されます。アメリカ人教授たちのもとでかくまわれ、避難民キャンプで2番目の地位を与えられていたこの中国兵らは、強姦を犯しては、「犯人は日本兵だ!」と言いふらしていました。ニューヨーク・タイムズが報じたように、彼らが逮捕され、それを自白したとき、アメリカ人教授らは「心底から当惑した」のです。
また大阪朝日新聞が報じたように、2月になると、「日本語に巧みで・・・日本人を装い・・・通訳の腕章を偽造してこれをつけていた」中国兵らが逮捕されました。彼らも、日本人になりすましては強姦等、暴行を繰り返していました。そして彼らが逮捕されてのち、強姦事件等はほとんど見られなくなりました。
このように、南京の西洋人らが非難した「日本軍の暴行」の多くは、じつは民間人の服を着て隠れていた中国兵によるのしわざだったのです。実際、マッカラムの1938年1月8日の日記にこんな記述があります。マッカラムは、ある中国人避難民が、
「強姦や略奪、放火などは日本兵がやったのではなく、中国兵がやった。それを証明できる」
と言うのを聞いた、と書いているのです。安全区にいた避難民たちの中には、そこで起きていた強姦や、略奪、その他の事件の多くは、じつは中国兵らによる反日撹乱行為であることを知っている者たちもいたわけです。
しかし、詳しい検証もせず、うわさをそのまま信じ込んでいたのが、委員会のメンバーたちでした。彼らはそのために、南京には「日本兵の暴行があふれている」と思い込んでいたのです。これについて竹本忠雄、大原康男・両教授も、こう書いています。
「安全区に設けられた19カ所の難民収容所の責任者は、婦女子ばかり4000名を収容した金陵女子文理学院をミニ・ヴォートリン女史が務めたほかは、すべて中国人であった。当然のことながら、この難民収容所の治安維持は中国人たちが担当したが、その責任者を何と、市民に偽装した中国軍将校が担当しているケースもあった。そして強姦事件の多くは、安全区委員会が設置した『難民収容所』で起こっており、『難民収容所』が解散した1938年2月以降、そうした強姦事件は起こっていない。難民収容所の責任者たちが主張した『日本軍兵士の犯罪』を額面通り受け取ることは、きわめて危険だと言えよう」(再審「南京大虐殺」世界に訴える日本の冤罪)