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十一月下旬における陸軍の作戦経過

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/07/19 16:51 投稿番号: [115 / 2250]
戦史叢書『支那事変   陸軍作戦1』421〜422pより

上海派遣軍は、呉福陣地突破後、悪路を冒して追撃を続行し、
第十三師団は二十八日青陽鎮を占領し、

重藤支隊は常熟西方地区を追撃して二十七日江陰 − 無錫道に進出し
同道を遮断したのち、軍命令により無錫北方地区に集結した。

第十六・第十一師団及び第九師団の主力は無錫に前進し、
二十三日から無錫東方既設陣地による敵を攻撃し、二十五日同地を占領した。


これより先、軍司令官は、敵は無錫から依然常州及びその西方に向かい退却中であるのを知り、
二十二日、第十六・第十一師団にたいし、その追撃隊をもって常州に追撃するよう命じ、

次いで二十五日、第九師団にたいし一部をもって太湖の水上機動を行い、
主力をもって常州に追撃するよう、

また第十一師団主力にたいし無錫付近に集結するよう命じた。
(第十一師団主力と重藤支隊は他に転用されるため、その後、上海に集結した)

各師団追撃隊は滬寧鉄道、江南大運河、太湖及び太湖北岸道路に沿い追撃し、
二十九日常州に進出した。


軍司令官は、江陰要塞に対し、敵が頑強ならば急速に攻略することなく封鎖にとどめることとし、
十一月二十五日、第十三師団及び集成騎兵隊等に対し、江陰要塞の封鎖、攻略準備を命じていた。

ところが二十八日江陰南方地区に進出した第十三師団の一部隊から、江陰付近の敵は
西方に退却中であるとの報に接したので、二十九日第十三師団に同地の攻略を命じた。

同師団はただちに要塞の陸正面から攻撃を開始し、十二月二日これを占領した。


第三師団主力は、方面軍直轄として太倉付近に集結していたが、十一月十八日、
上海派遣軍の指揮下に復帰し、軍命令により十二月二日、蘇州に集結した。

軍司令官は、南京攻略の準備として丹陽及び金壇を前進拠点にするよう部署したが、
十二月二日、第十六師団追撃隊は丹陽を、第九師団追撃隊は金壇を占領した。



第十軍においては、十一月二十三日、国崎支隊、第十八師団及び第百十四師団が
湖州東側地区に進出し、相協力して同地付近の敵を撃破した。

第六師団は、二十四日、嘉善を出発し湖州に向かい前進した。
(師団は二十一日から四日間、コレラ予防接種のため嘉善に滞在した)


二十五日、軍司令官は、軍主力を長興、湖州付近に集結させ、第百十四師団の一部をもって宜興を、
第十八師団の一部をもって広徳を占領し、じ後の前進拠点を確保させるよう部署した。

第百十四師団は、二十五日、主力をもって長興を占領し、
一部を先遣して二十八日宜興を、次いで十二月二日漂陽を占領した。

第十八師団は、二十五日、主力を湖州付近に集結し、その追撃隊をもって逐次抵抗する
敵を撃破して、三十日広徳を占領し、国崎支隊もまた同日広徳に進入した。
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